昨年6月に旭川医科大学で起きた新人記者の逮捕事件を巡り、発生当初に自社の記者を「容疑者」呼称で実名報道した北海道新聞が、当時の報道姿勢について「適切だった」との考えを示していたことがわかった。当該記者の不起訴処分を受けて労働組合が寄せていた要望に対し、会社側が4月12日までに回答していたもの。労組が求める警察への抗議については明答がなく、「しかるべき対応を講じてきている」としている。
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道新労組が新聞労連と連名で社に要望を寄せたのは、新人記者の不起訴処分が決まった3月31日。同日付の『要望書』に記された申し入れの内容をまとめると、次のようになる。
1)逮捕時の報道が適切だったか総括し、社の見解をあきらかに。
2)記者を逮捕した大学と身柄を拘束した警察へ厳重に抗議を。
3)今回の事態を招いた管理・監督責任をとる対応を。
4)組合員が再び同じ事態に直面しないよう、記者教育の強化を。
これに対し会社側からは、それぞれ以下のような回答が返されたという。
1)…「北海道新聞の対応は適切だったと考えています」
2)…「社としてそのつど、しかるべき対応を講じてきております」
3)…編集局長に役員報酬減額(10分の3×1カ月)の処分など。
4)…「引き続き重点的に取り組んで参ります」
記者逮捕時の実名報道については、労組が昨年7月に実施したアンケートで回答者の約7割が「適切ではない」としていた。道新は今回、この結果と正反対の認識を示したことになり、現場記者と経営陣との間の溝が浮き彫りとなった形。警察への抗議の要求に対しては事実上無回答と言ってよく、組合員の1人は次のように批判する。
「市民からの情報提供にはなかなか動かず、一方で権力を握っている警察には抗議ひとつできない。この主体性のなさは紙面審査室でも批判されていますが、その審査室も経費節減でまもなく廃止されます」
同室廃止後は、その役割が現役記者同士の“お手盛り批評”にとって代わることが懸念されているといい、証言が事実ならば道新では内部からの健全な批判がますます難しくなっていく可能性が高い。
要望書への回答から1週間ほどを経た4月20日には、労組幹部らが「社長団交」で改めて記者逮捕問題に触れ、宮口宏夫社長に質問を寄せている。取材によれば宮口社長は「非常に重く受け止めている」と切り出し、次のように発言した。
「わが社の歴史の中でも、おそらく前例のないケースだった。読者の信頼を揺るがした面は否定できず、同時に全社員にたいへん不安な思いをさせた。とりわけ、仕事中に身柄を拘束された記者には本当につらい思いをさせてしまった。申しわけなく思っている」
これに続けて宮口社長は、大学職員による逮捕行為を「過剰」「遺憾」と評しつつ、警察の対応については一切触れずに発言を終えた。のちにこれを知った社員の1人は「逮捕問題で初めて社長見解を示したのに、警察に言及なしとは……」と呆れる。会社はそもそも労組との問答を「団交」とは認識していなかったようで、筆者が入手した同社の『労務情報』では同日のやり取りが「懇談」と表現されていた。
その団交の締めくくりで「理想の社長像」を問われた宮口氏は、こう述べている。
「社員の皆さんと一緒に議論をし、夢を語り合いながら経営の舵とりをしていければ」
語られる「議論」の機会はいつ、どこで設けられることになるのか――。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |