ある日突然、社会福祉法人が運営する保育園に見ず知らずの人たちがやって来て、「私が次の理事長です」「財務資料を出して下さい」などと言われたら――。
保育事業を商売のネタにした“法人売買”とみられる動きが、福岡県久留米市で実際に起きた。子供を置き去りにした暴挙に驚いたのは、保育園で働く保育士に職員、そして保護者。寝耳に水の重大事件に、静かな地域の子育て現場が揺れている。
◇ ◇ ◇
騒ぎの舞台となっているのは、福岡県久留米市にある「高良内保育園」(運営:社会福祉法人高良内福祉会)。先月23日に法人の理事長である田畑典健氏から園長らに対し、「理事長を辞める。後任の理事長が話があると言っているので26日を空けておくように。自分は同席しない」と一方的に指示してきた。
園長以下関係者が唖然とする中、2日後になって、田畑理事長宛てにいきなり送られてきたのが下のFAXである。
文書のタイトルにある「デューデリ」とは、デューデリジェンスの略。投資家やM&Aの当事者が、対象企業の経営状況や財務状況などを調査することだ。つまり、このFAXは、高良内保育園及び高良内福祉会が買収もしくは吸収の対象として見合う組織かどうかを見極めるための資料の要求だった。
園長はじめ保育士、職員らにとって理事長交代の話も初耳なら、FAXを送りつけてきたのも聞いたことのない会社。田畑理事長からは何の説明もなかったため、園長らは要求された文書の提示を断った。理事長不在の席で、会ったことも話したこともない相手に、園の重要書類を見せられるわけがない。保護者から大切な子供たちをあずかっている認可保育園として、理不尽な指示を拒否するのは当然の判断だった。
説明を求める園長らに対し、満足な答えが示せない理事長。園側は、26日に理事長自身が対応することを条件に、やむなく求められた資料を用意することにしたという。この時理事長は、“後任の理事長”一行が、事前に久留米市役所を訪問することを明かしていた。
26日当日、園を訪れたのは複数の男女。田畑氏は、その中の一人の女性を「後任理事長の○○さんです」と紹介し、居並ぶ園長や職員たちに引き合わせていた。
ハンターの記者が確認したところ、FAXを送ってきたのは福祉施設などのM&Aを手掛ける東京の企業。「後任の理事長」として「よろしくお願いします」と挨拶した女性は、兵庫県で企業主導型の認可外保育園を複数運営する「株式会社」の社員だった。二つの会社から久留米にやってきた4人は、田畑理事長と別室に入り、数時間過ごしてから帰っていったという。
ここまでの顛末を聞いた保育士、職員、保護者らが猛反発したのは言うまでもない。地域に支えられ、多くの子供たちや保護者とともに歩んできた歴史ある保育園が、まるでテレビドラマに出てくるような理不尽な買収劇に巻き込まれた格好となったのだ。しかも理事長本人が、園の運営主体である社会福祉法人を、地域事情を知らない関西の会社関係者に渡そうとしているのだから、なおさらだ。
東京の仲介業者は商売で動いている以上、売り手か買い手のどちらか、あるいは双方から手数料を得ることが確実。その点について、事情を知ったある保護者は、「保育を金儲けの道具にしている人たちに安心して子供を任せることはできません。ただ、保護者に何の相談もなく、保育園をよそに売り飛ばすようなマネをする理事長が一番悪いんじゃないでしょうか。もともと理事長さんのハラスメント問題で揺れていたので、いずれ大きな騒ぎになるとは思っていましたが、まさか県外の業者に売り飛ばすとは……」と憤りを隠せない。
この保護者が言うように、背景にあるのは高良内福祉会の理事長によるセクハラ・パワハラ疑惑だ。次週から、これまでの取材で得た証拠や関係者の証言に基づき、歪む保育現場の実態を報じていく。