「道には被害を認めて適正な補償をして欲しい」――そう訴えるのは、北海道・十勝管内に住む無職女性(27)。8年前に紋別市の看護学校を中退し、その直後から今に到るまで心療内科での通院治療を余儀なくされている。原因をつくったのは、在学中に教員らから受けた理不尽なパワーハラスメントだった。
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折に触れ報告してきた北海道立高等看護学院のハラスメント問題は、当事者の匿名告発から丸2年を経た今も完全な被害救済が実現していない。本年8月の時点で未認定被害2件の再調査が決まり、同月末には紋別看護学院のパワハラで中退を強要された男性(30)への聴き取り調査が開始、また江差看護学院在学中に自殺した男性(当時23)の事案で今秋にも新たに第三者調査チームが設置される動きがあった一方、すでに被害が認定されたケースで充分な補償がなされていない事案があることがあきらかになっている。冒頭に採録した女性の事案が、その一つだ。
女性は2013年に紋別高等看護学院入学。順当に進めば16年春に看護師資格を得て卒業を果たせる筈だったが、15年暮れに卒業を断念した。一度も留年せずに進級していたため中退時点で最終学年の3年生になっており、残り3カ月間ほどをつつがなく過ごせば無事に全課程を修了できたところ、目前で力尽き、看護師の夢を諦めてしまった形だ。
2年生の夏に一度だけ学生寮の門限を破ってしまったのが、ことの発端だったという。同じように門限を守れなかった先輩たちがとくに咎められていなかったにもかかわらず、下級生だった女性は寮生全員の前に立たされて頭を下げることを強いられた。
一日2時間以上の謝罪を、連続2週間。いくら謝っても教員らは容赦せず「迷惑をかけたことをどう思うか」「人としてどうなのか」などと責め続けたという。さらに1カ月間にわたって謝罪文の提出を命じられ、担当教員から執拗な添削を受けることになった。「どうして門限を守れなかったか」「どうすれば自分の性格を改善できるか」などを毎日書き続け、教員らに「看護師に向いていない性格だ」などと批判される毎日。「精神的に病んでしまい、実習をまともに受けられなくなった」と女性は振り返る。
その実習中は担当教員から毎日1時間にわたって叱責を受け「あなたの性格では実習を続けさせられない」と言われ続けた。思わず現場で泣いてしまった時は、教員が溜め息をついて以後の指導を拒否。別の教員には「明日から来ないで」と突き放された。その教員はのちに看護学院を所管する北海道の医務薬務課への異動を経て、現在も道立看護学院で教鞭を執っている。
先述のように3年生の12月に限界を迎えた女性は、退学後も被害がフラッシュバックするなど心の傷が深く残り、何度か自殺未遂に及んでいる。腕には複数のリストカット痕が刻まれ、心療内科の受診治療は8年が過ぎた今も終えられる兆しがない。鬱の診断を受け、毎月1回の通院と抗精神剤など3種の処方薬を服用。生活は闘病中心となり、就職は果たせないままだ。紋別看護学院に入学する前、地元の高校では学年で上位10人に入る成績を修め、部活動でも充実した日々を過ごしていた。のちの進学先で看護師の夢をあっさり奪われ、あまつさえ精神的に立ち直れないほどのハラスメントを受けることになるとは、まったく想像していなかった。
「せっかく入った学校で、教員があんなに人を馬鹿にしたり嘲笑したりする人たちだとは思ってもいませんでした。被害に遭っていた時は『とにかく門限を破った自分が悪いんだ』と思い込んでいたので、それがハラスメントだとは気づかなかった。今になって考えると、その時点で鬱を発症していたんだと思います。教員たちの行為は体罰にもあたると思うので、本当に悔やしい」
当時、教員らを相手どる損害賠償請求訴訟を起こそうとした2つ上の先輩が「就職に響いたら困る」との理由で提訴を断念したことを伝え聞いた。教員の中にもハラスメントに疑問を呈し、被害女性の味方になってくれた人が1人だけいたが、その人自身が先述の実習担当教員や当時の副学院長(前・江差高等看護学院副学院長)によるハラスメントの標的となり、職場を追われてしまった。なお、その元教員は在職中から副学院長らの出張旅費不正受給を内部告発しており、昨年その事実が地元議会であかるみに出ることとなった(既報)。
看護教員による一連のハラスメントは昨春になって江差看護学院で表面化、本サイトなどを通じて広く知られることとなった。これを受けて設置された第三者調査委員会が本年初頭までに江差・紋別の両校で計53件の被害を認定した経緯は、これまで一連の記事で報告してきた通り。くだんの被害女性も昨年11月に被害申告を決し、道に『調査票』を提出した結果、当時の紋別のハラスメント被害が公式に認められるに到った。とはいえ、本年になって道の代理人が提示した慰藉料の金額は、僅か70万円。8年以上に及び、かつ現在進行中の壮絶な被害の補償としては、あまりに軽く見積もられたといえる。これを不服とした女性は慰藉料の大幅な増額を求めたが、この9月になって道が示したのは、ハラスメントと鬱との因果関係を認めないとの決定だった。
被害女性は昨年時点で「少なくとも当時の副学院長は辞めるべき」と考えていた。その後、同副学院長は懲戒処分を受けて辞職。再発防止の観点からは当然の結果といえたが、すでに起きてしまった被害の救済はまだ道半ばだ。未だに教員たちから被害女性への謝罪はなく、繰り返しになるが関与教員の1人は現在も教壇に立っている。
道の姿勢に納得できない女性は、引き続き適正な補償を求め続ける考えだ。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |