昨年7月に静岡県熱海市で起きた土石流災害の原因究明を進める同市の「伊豆山土石流災害に関する調査特別委員会」(以下百条委員会)。先月11日には、静岡県の条例に違反する規模で“盛り土”をしていた元の土地所有者で新幹線ビルディングの代表を務める天野二三男氏が証言した。
■真っ向から責任否定の新幹線ビルディング代表
5月11日午後3時から1時間にわたって証言した天野氏は、2006年9月に土石流の起点となった35万坪の土地を購入した人物だ。マスコミの取材に対して自らの責任を否定してきた同氏は、百条委員会の証人としても従前通り「責任はない」との見解を示した。
土地の造成計画を静岡県に届け出た天野氏が行った盛り土は、現在の土地所有者・ZENホールディングスの麦島善光氏に売却した時点で、静岡県土採取等規制条例に規定する高さ15mを大きく上回る50mだったことがわかっている。
それでも天野氏は「本件土地は元々安定している。さらに(行政の)是正指導でやっておりますので危険性についてはあり得ません。行政と打ち合わせて検査済み完了を取れる状態と私自身が確認しています」と抗弁した。
最大の問題である盛り土について「天野氏に指示されて、土を入れた」との証言がすでに出ているにもかかわらず、天野氏は「(盛り土をした人に)私は、土地を貸しているわけです。貸している人間に指示など出せない。(土を入れろという指示は)私の記憶にありません」とかわした。
一方、赤井谷の開発に熱海市の有力者が介在したことについては、「(齊藤栄)市長に一度だけ挨拶をした程度」と面会の事実を認める答弁。麦島氏も百条委員会で齊藤市長と面識があることを認めており、官業癒着への疑念が深まるばかりとなった。
■責任押し付けあう熱海市と静岡県
土石流災害の問題は「盛り土」「崩落を防ぐ工事」「指導監督する行政」の3点についての責任が問われる。うち、土地所有者に問われる「盛り土」と「崩落を防ぐ工事」について、麦島氏と同じく天野氏も完全に否定した形だ。
天野氏、麦島氏ともに「本当か」と首をかしげたくなる証言がいくつもあったが、熱海市議の一人が「こちらが思ったような答弁というか、議論にならない。かみ合わない」と述べるとおり、5月11日に行われた静岡県と熱海市、両自治体職員の参考人招致でも同様の光景が繰り返された。
2009年の段階で、盛り土の造成部分が1ヘクタール以上なら、静岡県知事の許可が必要だった。1ヘクタール未満なら熱海市が条例で対応し、超えれば静岡県が森林法という法律でより強い権限をもって中止や是正を求めることができた。天野氏は“1ヘクタール未満”だとして許可をとっていなかったが、実は熱海市も静岡県も、盛り土の造成部分が1ヘクタール以上になる可能性があることを承知していた。
熱海市の元副市長は天野氏側から提出された「1.2ヘクタール以上の造成」という文書に接していながら「1ヘクタールを超えているかどうか決めるのは静岡県」と逃げを打ち、当時の市職員も「1ヘクタールを超えていると思われたので、静岡県も一緒に入って調査してほしいと言ったが、受け入れられなかった」と証言。
だが、静岡県の職員は「その図面、文書が正式なものではなかったため、1.2ヘクタールの図面、資料を確認したかどうかわかりません。熱海市も公文書として取り扱っていないはず」と話をぼかした。
質問した委員は業を煮やしたように「(天野氏の)新幹線ビルディングはまともな業者ではない。1.2ヘクタール(の文書)は悪徳業者が出したものだ。超えているのに県は主体的に動かないのか?」と「悪徳業者」と罵倒しながら元県職員を追及したが「熱海市が文書を受け取り、市として対応した」と責任逃れに終始した。
静岡県が森林法に基づき厳しく対応していれば土石流災害は防げたとする熱海市――。造成は、1ヘクタールを超えていないので森林法の対象とならないとする静岡県――。5月13日、百条委は、静岡県と熱海市による盛り土造成への対応を、「行政の失敗」とする結論を出した。「適切な対応があれば、被害の発生防止、軽減が可能」(百条委より)だったということだ。
大惨事を引き起こした「当事者」である麦島氏と天野氏そ、百条委員会で責任を押し付けあう静岡県と熱海市。そのどこからも、被災者への謝罪や見舞いの言葉を聞くことはできなかった。被災者の一人は吐き捨てるように話した。
「報道を見ていると、土地の所有者たちもどうしようもないが、静岡県と熱海市も同じように見える。こういうのを人災というのではないか」