【安倍元総理銃撃】警視庁SPの裏話から探る要人警護の問題点

安倍晋三元総理の銃撃事件後、ネット上で「札幌で安倍晋三元首相にヤジを飛ばした人たちが警察官に排除された事件の判決が影響した」という主張が広がった。札幌地裁が今年3月、元総理の演説中にヤジを飛ばしただけの市民を強制的に排除した北海道警察の行為を「違法」と断定したことで、警備が甘くなったという筋立てだ。中には、いわゆるヤジ排除訴訟の原告を、SNS上で「蛮人」と誹謗するとんでもない政治家も現れた(ハンター既報)。

結論から先に述べるが、こうした意見をたれ流す人たちは、問題の本質を見誤っている。事件直後から多くの報道と根拠のない解説が入り乱れ、旧統一教会の問題も絡んで論点がぼやけがちだが、警視庁のSPから裏話を聞いてきた者として、事件の本質である「警備体制」に絞って考えてみたい。

■問われるべきは現場の警備体制

最近の刺殺・死傷事件で顕著となっているのは、「どうせ自殺するなら人を巻き添えにして死のう」という身勝手な事件が多いということ。見出しと報道内容を拾ってみた。

仙台で女子中学生2人刺される》(7月7日)――犯人は「包丁で背中を突き刺した。殺そうと思った」などと供述。女子中学生2人とは面識がなかったという。

男子中学生が切られ負傷、福岡 殺人未遂疑いで32歳女逮捕》(7月17日)――犯人は「子どもを刺して殺せば死刑になると思った」と供述している。

原因は一つではないが、諸外国では格差が大きくなると凶悪犯罪が増えていく傾向があるとされている(だからこそ格差是正を重視する必要があるのだが……)。

左翼や右翼団体、反社会的勢力によるテロについてはその周辺をマークすればかなりのリスクは低減する。しかし、思想・信条と関係のない「他人を巻き添えにして自殺する」などという実に迷惑極まりない願望をもつ犯人のテロ行為は、マークしきれない。要人を守るには、現場で鉄壁にちかい警備体制を敷くしかないのだ。

安倍元総理が奈良市内で街頭演説中に銃撃され死亡した事件の直後から、本サイト既報のとおり、札幌で安倍晋三元首相にヤジを飛ばした人たちが警察官に排除された事件が影響した(同事件の判決を機に警察の要人警護が及び腰となり、ひいては演説中の銃撃を許す結果を招いた)との主張が拡散された。

いわゆる「ヤジ排除訴訟」の札幌地裁判決は、警察側の行為を「違法」だと断定し、北海道側に約88万円を支払うよう命じている。この判決が影響して安倍元総理の警備が甘くなったという考えのようだが、とんでもない間違いだ。

■背後も厳重だった東京での警備

元総理銃撃事件について、警察庁は「地元警察の対応のみならず、警察庁の関与のあり方も含め、警護・警備に問題があったと認識している」と発表した。そのとおりで、問題は当日の警備を担当した奈良県警と警視庁、そして当日の警備計画を容認した警察庁にある。

筆者は6月22日の参議院選挙公示日に、有楽町で第一声を行う安倍元総理らの演説を見ていた。この日は、東京選挙区の候補者の応援のために、数人の閣僚と50人ほどの国会議員、地方議員も参加していた。

下の写真、宣伝車両の後ろにあるビルの二階には数人の警視庁警護課のSP(Security Police 略称: SP)が見守り、そこは立ち入り禁止となっていた。その他、警護対象者の近くには数人のSP、離れた場所にも周りを監視する制服・私服の警視庁警護課職員数十名が配置されていた。

演説が終わり、車両を降りて一般の人々と握手するときが一番危ない。そのための警備はかなりしっかりできていたように見えたが、永年にわたる「慣れ」のせいか、なんとなく緊張感のなさを感じたのは気のせいだったか……。

■要人守ったSPの苦悩

筆者は過去に複数の大臣秘書を経験し、総理官邸にも2年間通ったことがある。マスコミで分かったような解説をしている人たちよりは多少実情に詳しいと思うので、説明しておきたい。

現職総理には10数人のSPが付き、車での移動時には3台以上の車列ができる。閣僚に関しては原則2名。普段の行動に関しては1名のSPが付き、大きな会場での行事などでは2名以上が警備にあたることとなっている。元総理も同様の扱いだ。

過去の事例を紹介しよう。かつて私が一緒に仕事をしたことがあるSPにN氏がいる。そのN氏がT農林水産大臣(当時)の警護をしていた時のことである。

平成4年3月20日、演説を終えた金丸信・自民党副総裁(当時)が演台を降りたとき、会場となっていた足利市有楽町の市民会館大ホールに乾いた銃声が響いた。犯人は、走りながら約5メートルの至近距離から拳銃で3発発射。金丸氏にけがはなかったが、1発の銃弾がすぐそばの演台に命中していた。銃撃したのは東京都内にある右翼団体の構成員だったが、その場で警察官に逮捕された。

実はこのとき、壇上近くで農相の警備をしていたN氏はすぐに拳銃を持った男の異常に気づき、突発的に「失礼します」と叫びながら金丸氏に飛びかかり押し倒した。銃弾は、そのN氏の目の前数十センチの場所に撃ち込まれた。

県警発表だけが淡々と報道されたが、この後N氏は警視庁の上司から、「お前は誰のSPだ?」「その瞬間、農相には誰も警護が付いていなかったんだぞ!」と叱責されたという。N氏が守るべきは彼の警護対象者であるT農相で、金丸氏を守ったのは間違いだという筋論だ。ところが数ヶ月後、この時の叱責がN氏の警護活動を縛ることになる。

平成4年10月5日に山形県で行われた第47回国民体育大会(山形べにばな国体)の開会式で、平成天皇(現:上皇)が「おことば」を述べていたときに、会場にいた男性が「天皇訪中反対」「天皇は帰れ」などと叫び、トラックからロイヤルボックスにいた天皇皇后両陛下に向けて発煙筒を投げつけるという事件が発生した。

改めて要人警備体制の不備が露わになり、山形県警の警備部長が引責辞任することになるのだが、SPのN氏はこの事件現場で、T農相の警護にあたっていた。

N氏はすぐに異変に気づき男を取り押さえようと思ったのだが、それを遮ったのが数ヶ月前に上司から言われた「お前は誰のSPだ!」という言葉だった。すぐに犯人を捕まえられる位置にいたのだが、結局N氏は動かなかった。幸いにも発煙筒は両陛下に届かずトラック内に落ちたため、お二人に怪我は無く、男性はすぐに取り押さえられた。

後日、N氏が農相とともに東京に戻ると、今度は警察庁から「SPが近くにいて、なんてざまだ」と叱責されることとなる。

N氏は私に無念の心のうちを明かしたが、この事件の後も、根本的な警備体制の改善がなされたという話は寡聞にして知らない。筆者は昨年も某大臣の下でSPたちと仕事をしたが、残念ながら彼らに緊張感は感じられなかった。

■必要なのは要人警護の一元化

よく知られているように、警視庁と各道府県警の仲はよくない。警視庁と皇宮警察も仲が悪い(蛇足だが、衆議院と参議院の警備担当の衛視たちも仲が悪い)。つまり形式上の連絡はするが、昔から組織としての連携がとれていないのだ。

本来ならN氏がかつてやったように、まず誰かが安倍元総理にタックルして身体を倒し、別の警察官が防弾カバンを掲げて銃弾の盾になるのが正しい対応だったが、今回の事件では2発目の銃撃が起きてから、SPのひとりが安倍元首相の後ろに駆け寄りで防弾カバンを構えることしかできなかった。警視庁と奈良県警の連携ができていなかった証拠だ。

ネット上に流れた画像で判断する限り、安倍元首相の左斜め後ろにいた警察が飛び出して容疑者を取り押さえたのは、二発目の銃声の後。これは警護ではなく、犯人逮捕だ。前述した平成4年にの2件の事件でも、容疑者の取り押さえだけはしっかりできたが、たまたま助かっただけで、本来の目的である要人警護はできていない。

「警察庁は、安倍氏を警護した際の警察官の態勢や配置だけでなく、同庁作成の要人に対する警護措置要領にも銃器への対応などで問題があった可能性があるとして、見直しを検討することを決めた。具体的な問題を検証するチームを庁内に立ち上げ、8月中に結果を取りまとめて国家公安委員会に報告し公表する」(新聞報道より)のだというが、内情を知るものとしては期待できないと思っている。

要人警備に限っての話だが、都道府県に細分化されている警察組織の壁を取っ払って「改編」し、一元管理すべきではないのだろうか。

(国会議員秘書)

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