ヤジ排除国賠訴訟で双方が上告、最高裁へ|「言葉が足りない」と一審原告

4年前に札幌市で起きた首相演説ヤジ排除事件で、排除被害者が地元警察を訴えた裁判の二審判決に対し、当事者双方がこれを不服として7月上旬までに上告に踏み切った。言論・表現の自由侵害を追及する国家賠償請求訴訟は最高裁に舞台を移し、引き続き争われることになる。

◇   ◇   ◇

裁判は、前々回の参議院議員選挙で応援演説に立った安倍晋三総理大臣(当時)にヤジを飛ばして警察官に“排除”された市民2人が、北海道警察に損害賠償を求めて提起したもの。原告2人は大勢の警察官に身体を拘束されるなどの被害に遭っており、裁判ではこれらの対応が言論・表現の自由侵害にあたると指摘していた。

昨年3月の札幌地裁判決では警察の排除行為の違法性が認められて原告側全面勝訴となったが、これに道警が控訴したことで審理の場が札幌高裁に移ることとなった。本サイト既報の通り、本年6月22日に同高裁が出した結論は、一審判決の一部を取り消す決定。安倍氏に「増税反対」などと叫んだ桃井希生さん(27)を排除した警察官の行為が一審に続き違法認定された一方、「安倍やめろ」「帰れ」などと叫んだ大杉雅栄さん(35)への排除行為はすべて適法とされた。

判決で札幌高裁の大竹優子裁判長は、大杉さんを排除した警察官の行為を軒並み「社会通念に照らして客観的合理性を有する」と認定しつつ、それらの評価の明確な根拠を示さなかった。一審原告の弁護団はこれを大きく問題視し、裁判所が一連の“事件”に影響された可能性を指摘する。昨年7月に起きた安倍氏銃撃事件、及び本年4月の岸田文雄首相襲撃事件だ。

「判決では襲撃事件に触れられていませんが、高裁は当初から警備のことを非常に気にしていて、審理も非公開になることが多かった。判断の根拠に襲撃事件が影響した可能性は否定できないと思います」(ヤジポイ弁護団・小野寺信勝弁護士)

高裁が警備に敏感になっていたのは、一審判決を言い渡した札幌地裁が市民から苦情・抗議を受けることになったためとみられる。筆者が同地裁に公文書開示請求(司法行政文書開示申出)を試みたところ、安倍氏の事件後に少なくとも1件、抗議とみられる投書が地裁に届いていたことがわかった。公文書扱いされない電話のメモなどの存在も考慮に入れると、抗議や苦情、脅迫などはさらに多かったと察せられる。

とはいえ、それで司法が萎縮するようなことはあってはならないはずだ。一審原告の桃井さんは「ヤジと暴力とは全然違う。判決は民主主義を信用してなさすぎ」と憤る。弁護団も「結論ありきだ」と判決を強く批判、「大杉さんの請求棄却という結論が先にあり、そこに都合よく証拠を当てはめていったような判決」と酷評した。

一方、先述の通り桃井さん排除の違法判断は引き続き維持され、また一審で示された「ヤジは政治的表現であり、その自由はとくに重要な憲法上の権利として守られるべき」(大意)という認定は高裁でも覆ることがなかった。大杉さんはそこを評価し「決してヤジを飛ばす権利が否定されたわけではない」と強調する。その上で先の「結論ありき」について、二審判決にある「(大杉さんが)危害を加える意思を有していないことが客観的に明らかであったとはいえない」なる詭弁的な言い回しを「言ったもん勝ち」と喝破した。

およそ2週間後の7月5日、大杉さん上告。さらに翌日、桃井さん排除で控訴を棄却された道警側も上告。市民2人の訴えはともに最高裁へ審理の場を移すこととなった。申し立て後に会見を設けた大杉さんは、改めて「言葉が足りない」と高裁判決を批判することになる。

「地裁が丁寧に証拠を吟味して審理を尽くした結果を、高裁は充分な説明なく覆した。単に道警にとって不利な部分が捨てられただけで、ぼくから見ると言葉が足りない。敗訴にするならきちんと息の根を止めてくれよと言いたい」

上告審は原則として法令違反のみが問題となり、事実関係は争われない。最高裁での闘い方について、弁護団はこれから検討していくことになるという。

蛇足ながら、裁判長として控訴審を指揮した札幌高裁の大竹優子判事は、今回の逆転判決を言い渡した翌日、札幌家裁の所長に異動した。“栄転”と言われている。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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