【4630万円誤送金問題】注目される裁判の行方

今年4月、山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の給付金4,630万円を誤送金し、それを全額使ったとして電子計算機使用詐欺罪に問われた田口翔被告(24)。その初公判が10月5日、山口地裁で行われた。

■謝罪するも容疑は否認

田口被告は検察の主張する公訴事実に対し、事実関係を認め「私が振込操作をしました、申し訳ありません」と謝罪したが、容疑については否認。田口被告側の山田大介弁護士は、「犯罪の成否を争います」として「無罪」の冒頭陳述を訴えた。どういうことか?

電子計算機使用詐欺は、コンピュータなどの機械に対して、不正な情報を入力して、お金をだまし取ること。例えば、他人のキャッシュカードをATMに入れて操作し、お金を引き出した場合、機械に対して他人のパスワードなどの嘘の情報を入力して、操作したという解釈になる。

田口被告は4,630万円の大半をインターネットカジノに使ったが、その4,630万円は阿武町が誤って振り込んだとはいえ、所有権、財産権は田口被告に移行している。その点は、過去にあった民事裁判の判例でも確定しているという。

田口被告は、その誤送金されたカネをインターネットカジノ業者の口座に入金したが、パスワードやIDなど、必要なデータに虚偽の情報はなく、カジノ業者を騙したわけではない。田口被告のインターネットカジノ業者への送金は許しがたいことではあるが、検察が起訴した電子計算機使用詐欺にはあたらないという主張なのだ。

山田弁護士は「(田口)被告人が銀行に対して振込依頼等をする正当な権限がないにもかかわらず、(インターネットカジノ業者に)振込依頼等をする旨の「虚偽の情報」を与えたと検察側は主張」・「主な争点は、構成要件のうち、虚偽の情報を与えてとする部分」・「阿武町が誤振込とはいえ(民事事件の判例から)などと主張した上で、被告人(田口被告)と被害者とされている銀行には(4630万円の)誤送金の時点で、普通預金契約が成立していた」・「被告人が入力した情報は虚偽の情報ではない」と真っ向から争う姿勢を見せている。

■法曹界から上がる疑問の声

“田口被告が悪い”というのが大方の見方だろうが、事件化した当時から上がっていたのは、“田口被告に電子計算機使用詐欺が適用できるのか”という法曹関係者からの疑問の声。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は、ブログで検察が電子計算機使用詐欺で起訴したことを問題視し《電子計算機使用詐欺罪の逮捕容疑のまま起訴するのは「無理筋」であり、まともな弁護士が担当すれば無罪となる可能性が強い》・《田口容疑者の逮捕事実の電子計算機使用詐欺罪では、犯罪の立証は困難だと言わざるを得ない。いくら田口容疑者が事実関係を認めていると言っても、上記のような法律上の問題を主張することは、弁護人として当然であり、それに対して、まともな裁判所が判断すれば、無罪判決は避けられない。検察が、上記の平成15年最高裁刑事判決のような「救済判決」が出ることを期待して起訴するのであれば、ギャンブルそのものだ》と手厳しく批判している。

田口被告は初公判の被告人質問で「阿武町の職員が職場までやってきた。その日は休暇だったので自宅にいるとそこに来て、銀行に行かねばならないなど、わけがわからないまま車に乗せられてしまった。非常にストレスを感じて、以前、遊んだことがあるインターネットカジノで使ってしまった」と動機を説明。最大の問題は、阿武町の誤振込とその後の職員の対応が、事件へと発展したことがわかってきた。誤振込した阿武町の「上から目線」が田口被告に事件へと向かわせてしまったのである。

阿武町は田口被告を民事でも訴えていたが、300万円あまりを弁済することで和解が成立。4630万円もインターネットカジノ業者から、阿武町に戻されているので被害回復は済んでいる。

初公判の日、田口被告の被告人質問、実母と現在の勤務先の社長の情状証人で、裁判での取調べは終了。普通なら、1か月もたたずに論告求刑、判決が出るはず。しかし、検察の論告求刑は12月、判決は来年2月となった。

「当初から初公判で取調べ、証人関係はすべて終了して、11月に論告求刑と最終弁論、12月に判決という流れでした。しかし、検察側が論告求刑までの時間がほしいと裁判所に訴えたようです。理由があれば仕方ないが、検察は詳しい説明をしようとしない」と田口被告の関係者はいう。

初公判でも、論告求刑の時期について、なぜ時間がかかるのか裁判所から聞かれても明確な返答をしない検察に、弁護士が激しく意見をしてヒートアップする場面があった。

田口被告には大きな問題がある。しかし、元は阿武町がまいた種だ。大きなニュースとなって社会問題化したため、検察はやむなく電子計算機使用詐欺で起訴という流れになった。検察が起訴した時点で、インターネットカジノ業者から返金もされ、田口被告も民事上では和解の意思を示していた。そうした状況から検察が起訴を見送っていれば、それで一件落着だったはず。論告求刑の延長理由さえ語られない中、裁判所はどう判決を下すのか?

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