岸前防衛相引退でざわつく山口県政界

自民党の岸信夫前防衛相が、次期衆院選には出馬せず政界を引退する意向を表明した。12月11日、地盤である衆議院山口2区の後援会に明かした上で、後継に長男の信千世(のぶちよ)氏(31)を擁立する方針であることも説明したという。

岸氏は世襲が当たり前と考えているようだが、本当にそれでいいのか?山口県政界の裏を取材してみると……。

◇   ◇   ◇

「これでなんとか、安倍家、岸家が山口にとどまってくれた」と安どの表情で話すのは、安倍家に近い自民党山口県議。岸氏は安倍晋三元首相の実弟で、祖父は岸信介元首相、子どもの時に岸家の養子となり、岸姓となっている。2004年に参議院山口選挙区で初当選。その後、衆議院山口2区に転出し、菅政権、岸田政権で防衛大臣として入閣した。現在は首相補佐官を務める。

今年7月、安倍元首相は奈良市内で射殺されたが、衆議院山口4区から安倍氏の後継者は出馬せず、地元事務所も12月いっぱいで閉鎖する見通しとされる。岸氏も防衛大臣時代から体調を崩して、車椅子が手放せなくなり健康不安説が流れていた。

これまで山口県における衆議院の小選挙区は4つだったが、「10増10減」を柱とする改正公職選挙法が国会を通過し12月28日に施行される。山口県は安倍元首相の4区と林芳正外相の3区が1つの選挙区に「合区」するような形になり、安倍氏の後継が注目されていた。しかし、知名度が高く、最有力候補とみられていた昭恵夫人が出馬を否定。安倍家からの後継者選びは、暗礁に乗り上げていた。

岸信介元首相や安倍晋太郎元幹事長、そして晋三元首相と、安倍・岸両家が山口県で築いてきた看板の力は大きい。山口4区から安倍家が去る形となる中、最後まで山口2区の調整が続いていたという。

「一時は岸さんが山口4区で出馬したらどうかという話もあった。しかし、パーキンソン病とも噂される難病と、安倍氏の突然の事件で精神的な負担もあって、岸さんはとても政治を続けるどころではなかった。山口4区は昭恵夫人が後継を断り、地元事務所も閉鎖せざるを得なくなった。最後の砦となった岸さんが、息子の信千世氏を後釜とすることでなんとか折り合った。山口県にとって安倍家、岸家は不可欠な存在です」(前出・安倍家に近い山口県議)

一方で、意気上がるのは林氏だ。昨年10月の衆議院選挙では現職だった河村建夫元官房長官から山口3区の選挙区を「強奪」し、圧勝。その勢いのまま、岸田政権では重要閣僚である外相として入閣した。岸田文雄首相の「次」を狙う有力候補となったのは確かだ。

安倍元首相が長期政権を続ける中で、山口県の政界では大半が安倍陣営に流れた。それが、安倍氏の突然の他界を受けて、林陣営が急激に勢力を伸ばしているという。自民党のある大臣経験者が、裏事情を明かす。
「林さんは昭恵夫人の動きを非常に気にしていた。外遊中も、地元の県議や後援者に連絡しては昭恵夫人をはじめとする安倍陣営の動向を探っていたほどだ。安倍陣営はというと、一時は名前があがった県議などを後継候補にというプランあり、『ぜひやりたい』という奴もいた。しかし、岸さんも体調が芳しくない中で、次期総理の有力候補に躍り出た林さんとガチンコでの戦いとなれば、勝てそうなタマは昭恵夫人しかいない。林さんは、ようやくもぎ取った小選挙区を手放すわけにはいかない。それに林さんは岸田首相の派閥でもある。山口2区に岸さんの後継を認め、林さんの3区には口を出すなという格好で手打ちとなり、安倍陣営が引いたということだ」

だが、安倍家と林家の対立がこれでおさまるとみるのは早計だ。両家にとって、総本山は下関市。林氏も安倍氏の山口4区の中の下関市にこだわっていた。
「林氏には下関市が本家本元のような思いがあるんでしょう。そこを捨てて山口3区というのは忸怩たる思いがあった。決断した背景には、合区となり山口3区をとれば、下関市がいずれ自分の地元になるという計算からです」と話すのは、林氏に近い自民党県議。
一方、前出の安倍家に近い山口県議は「下関市は、安倍陣営の市長です。周辺の首長はうちのほうが押さえている。当面は下関市をがっちり守ることに専念して、安倍陣営からいずれ出せるようにする。いまは我慢の時だ」と話す。

安倍氏が亡くなったことで、現在山口4区は空白。本来なら来年4月末に補欠選挙が実施されるはずだが、改正公職選挙法や政局の動向で補欠選挙になるかどうか不透明な状況となっている。もし補欠選挙となれば、安倍陣営として候補者を擁立するはずで、安倍VS林の戦いが再燃する。

だが、本当にこれでいいのか――。現況は、山口県の選挙区が、まるで安倍家と林家の領地のようなもの。両家の“世襲”が前提で、選挙区の分捕り合戦をやっているようにしかみえない。世襲をやめさせ、選挙区を市民、県民の手に戻すべきではないのだろうか。

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