10増10減で試される岸田首相の「決める力」

年末の土壇場で、復興相だった秋葉賢也氏と差別的な言動が問題になっていた総務政務官の杉田水脈氏が更迭された。岸田文雄首相が、年明けの通常国会を乗り切るため、重要日程がすべて終了した年末のどさくさに紛れて人事に踏み切ったという見方が大半だ。「任命責任を重く受け止めています」と記者会見で述べた岸田首相だが、何度も繰り返されるこのフレーズを信じる国民は少数だろう。

その岸田首相が巻き込まれるのを避けたいと考えているのが、「10増10減」に伴う衆議院の選挙区調整である。

■注目集める安倍氏亡き後の山口県

「誰も岸田首相の聞く力なんて信用してませんよ。聞くだけでなにもしない。それって力じゃないでしょう」と話すのは、二階派の国会議員だ。年明けの通常国会では、予算案に加えて旧統一教会への解散命令や防衛費増税などの難題が山積する。そこに、極めてやっかいな判断が求められるのが、衆議院の10増10減である。

自民党は昨年12月、10増10減の対象となる小選挙区の支部長を発表したが、定数が1減となるのは10県のうち、宮城、滋賀、和歌山、山口、長崎の5県はすべての支部長決定が先送りになった。広島なども調整がついていない。

一方、今年4月には安倍晋三元首相亡き後の山口4区や岸本周平氏が県知事に転出した和歌山1区、政治資金疑惑で東京地検特捜部の捜査を受け議員辞職した薗浦健太郎氏の千葉5区などで行われる予定の補欠選挙は、現行制度のまま執行されることになる。10増10減が実現しても、衆議院の解散総選挙がない限り、補欠選挙は対象外となっているためだ。

そうした中、安倍元首相のおひざ元だった山口4区にあった「安倍事務所」が年末に閉鎖された。「待望論があった昭恵夫人の出馬も結局はダメになった。安倍家から後継者が出ないから仕方ない。寂しい年末だ」と安倍元首相の後援者が、消え入りそうな声で話す。

安倍事務所が閉鎖されても自民党として不戦敗は許されない。安倍元首相に近い下関市議の吉田真次氏を擁立することになった。しかし、山口4区は10増10減で山口3区と一体となることが確実。現状、安倍王国のままの山口4区で吉田氏の勝利が揺らぐことはないが、解散総選挙があれば山口3区を地盤とする林芳正外相との選挙区調整となる。仮に補選で当選しても、実績の乏しい吉田氏は不利とみられている。その点については、安倍派の国会議員でさえ顔を曇らせる。「今の時点で新山口3区の支部長なんて決められるわけがない。吉田氏は補選に勝てば安倍元首相の名代です。やすやすとは引き下がれないが……」

■二階支配の和歌山で虎視眈々の世耕氏

山口以上に大きな混乱が予想されるのは、和歌山1区の補欠選挙だ。自民党は、2021年の総選挙で岸本氏に敗れた門博文元衆院議員を擁立する見込みだというが、関係者の間では、世耕弘成参院幹事長が補選を機に衆院に転出するのではないかとの情報が駆け巡っている。

1減となる和歌山は、現在の1区の変動は少なく、2区と3区がひとつになる形だ。世耕氏にとってゆかりの深い地域である和歌山3区は、二階俊博元幹事長の選挙区でもある。世耕氏は新和歌山2区を狙いたいが、2区には石田真敏元総務相がいる。「そこで」と、世耕氏の後援会関係者が打ち明ける。
「二階先生は『喧嘩上等、やってやる』というタイプ。世耕氏は真逆で波風を立てることを避ける。二階先生や石田氏という大物2人を相手にするのは厳しい。そこで、和歌山市内にも事務所を置いていることから、和歌山1区の補選に出て、勝利して新和歌山1区に横滑りを狙うべきだと、後援会が後押ししているんです」

だが、門氏は二階氏の側近。地元の県議は次のように危惧する。
「二階氏も門氏をなんとか国政に戻したがっている。補選で当選すれば、解散総選挙の場合、門氏は小選挙区で出馬できなくとも1度は比例優遇も認められる公算が大。門氏は二階派なので派閥としても好都合だ。ただ世耕氏も総理を狙うというなら、そろそろ重い腰をあげないといけない。仮に世耕氏が補選に手を上げて門氏と激突すれば、二階先生との代理戦争が勃発する」

■首相の地元にも火種

総務相を“クビ”になった寺田稔氏の広島5区も支部長発表が見送られている。広島の1減によって、広島4区と広島5区が合体して新広島4区となる。そこを岸田側近とみられていた寺田氏と現在の広島4区の現職で茂木派の新谷正義氏が争うことになるのだが、寺田氏は分が悪い。「寺田氏が総務相になったこと、おまけに総裁派閥の岸田派とあって、新広島4区は決まったも同然との感じだった。それが、政治とカネのスキャンダルで寺田氏が吹っ飛んだ。イメージが悪くなった寺田氏ではなく新谷氏でという意見が強い」(自民党の広島県議)

寺田氏は、義理の祖父が池田勇人元首相というサラブレッド。しかし、亡くなった人物を会計責任者として政治資金収支報告書に記載するなど、違法性が問われる政治資金処理に不信感は根強い。また、広島は3年前の参議院選挙で河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反事件が記憶に新しい土地だ。すでに、寺田氏は市民団体から政治資金規正法違反などで刑事告発されており、広島地検が捜査に乗り出せば、刑事訴追される可能性も十分にある。仮に不起訴となっても、検察審査会に申し立てられて「起訴相当」という議決になることも想定できる。事実、菅原一秀氏は検察審査会の手によって不起訴から一転して略式起訴となり、議員バッジを失い、公民権停止になった。

岸田内閣の支持率低迷が続いており、首相が早期の解散総選挙に打って出るのではないかという声も根強い。自民党のある閣僚経験者は、次のように懸念を示す。
「解散総選挙になった場合、10増10減の選挙区調整を決断しなければいけない。聞くばっかりで閣僚の更迭すら的確に決断できない岸田首相に、かつてない難しい選挙区調整を決めることができるのか疑問だ。事と次第によっては、二階さんや世耕さんという大物はもちろん、それぞれの所属派閥までも敵にまわすことになる。とはいえ、ズルズルと先送りすれば、支持率は下がるばかりで何もできなくなる。大丈夫なのかねぇ」

岸田首相は、何人もの議員の政治生命がかかった10増10減という難題に、「決める力」を発揮できるのか――?

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