教員による長期間のパワーハラスメントが問題となっていた北海道立江差高等看護学院で、次年度の入学者数が定員を大幅に下回ることが確実となった。2月上旬の北海道議会で担当課があきらかにしたもので、質問に立った議員は「学校が変わった証拠を見せなければ次年度も危うい」と警鐘を鳴らしている。
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議会答弁があったのは、2月7日午後の北海道議会保健福祉委員会。一昨年春のハラスメント問題発覚以降、折に触れて質問に臨んでいる同委の平出陽子議員(民主・函館市)が入学者の確保についての問うと、道の担当課は次のように報告した。
「本年度から学院の適正化に向けた各種の取り組みを進めることはもとより、在学生のメッセージ入りのパンフレット等を作成し持参するなど、地域の高等学校を積極的に訪問してきたほか、『学院案内』や学院内外の生活の様子をホームページに掲載し、毎月更新するなど、PRの強化に取り組んできたところでございます」
こうしたPRはしかし、必ずしも奏功したとは言い難い。答弁は、こう続く。
「昨年10月に実施した、推薦及び社会人入学試験の合格者は3名、先月実施した一般入学試験の受験者数は5名と、いずれも昨年度を下回ってございます」
一般入試の結果はこの2日後に発表され、受験者5人のうち合格者は4人となった。推薦・社会人の合格者3人を加えても7人で、入学定員40人を大幅に下回る。なお全学の定員数は120人だが、現時点の在学生はその3割弱の37人。学院は引き続き広報活動に努めていくといい、担当課は議会答弁をこう締め括った。
「3月中旬に予定してございます2期試験に向け、改めて地域の高校へのPRに取り組むなどして、一人でも多くの学生の皆様に入学いただけるよう取り組んで参ります」
学院は1月下旬、初めて「学校関係者評価会議」を報道公開し、ハラスメント発覚後の運営改善を好意的に評価する在学生や地域の声を発信した。筆者など記者クラブ非加盟者には事前に案内が届かなかったが(当局による報道の選別は重要な問題だがここでは措く)、同会議を取材した地元メディアは学生の声を次のように伝えている。
「今は先生たちも真摯に向き合ってくれて勉強しやすい環境」(北海道新聞)
「学校に行きづらいということはなく、看護師になりたいと思えるようになった」(函館新聞)
「不安や悩みを相談すると聞いてくれて、相談に乗ってくれるのですごい勉強しやすい」(北海道テレビ)
在学生が真っ当な教育環境の下で過ごせるようになった変化は、もちろん悪いことではない。その一方、過去の深刻な被害の精算はどこまで進んでいるのか。
2月の議会では謝罪や賠償、新たな被害調査の進捗なども俎上に載ることになり、次のような答弁が聴かれている。最初に説明があったのは、謝罪についてだ。
「教員からの謝罪を希望された被害学生4名への対応については、これまでに3名の方へ加害教員からの直接の謝罪や謝罪文の送付を行なっており、うち現在も休学中の1名に対しては、ご本人の希望を踏まえ、復学後改めて対面での謝罪を行なう予定としております。また残る1名については、謝罪を求める教員を書面により確認しているところであり、引き続き先方のご意向を伺いながら丁寧に対応して参ります」
答弁に謂う「謝罪文の送付」は、必ずしも充分な対応とは言えない。被害者が謝罪の内容に納得できていない可能性があるからだ。事実、被害者の1人は「指導に熱心だったため行き過ぎた教育になってしまった」と、ハラスメントの原因を「熱心さ」にすり替えるような謝罪文を受けている。保護者はこれに「教育を受ける機会を阻害された」と抗議、加害者側からは直接会って謝罪したい旨の連絡があったが、被害学生は当該教員の顔を見ることもできない状況のため、対応は保留中という。
もう1点、賠償の問題については、次のような答弁があった。
「これまでに被害学生15名のうち12名と示談契約を締結し、うち11名への賠償をすでに終えるとともに、他の1名に対する賠償金の支払いの手続きを進めており、残る3名についても引き続き道の担当弁護士とも連携して早期に合意が得られますよう取り組んで参ります」
最後に、未認定被害の再調査の問題。担当課は、現時点で調査が進んでいる2件の事案について報告した。まずは、教員に事実上退学を強要された学生の被害について。
「紋別高看の元学生への対応については、道の『パワー・ハラスメントの防止等に関する指針』に基づき、昨年10月末までに元学生及び関係教員への聴き取り調査を終え、これまでの間、内容の精査と併せ、ハラスメントの認定にあたっての論点整理を行なってきており、今後必要に応じて確認を行なった上で、早期に結論が得られるよう取り組んでいるところでございます」
続いて、2019年に江差の男子学生(当時19)が自殺した事案。本サイト既報の通り、この件については道が昨年設置した新たな第三者委員会が本年1月中旬までに関係者6人の聴き取りを終え、さらに8人への追加聴取を行なう方針をあきらかにしたところだ。この経緯は、議会答弁でこう報告された。
「昨年12月までに実施した参考人6名への聴き取り調査の結果、亡くなった学生との関わり等が示唆された8名を対象に現在、第三者調査委員会が聴き取り調査を実施しており、今後必要に応じて追加の聴き取りも行ないながら、調査結果のとりまとめ作業を進めていくこととしております。道としては引き続き、調査の進捗状況を適宜ご遺族にお伝えしつつ、調査結果がとりまとめられ次第、その内容を踏まえ、できる限りすみやかに、かつ誠意をもって必要な対応を行なって参ります」
一連の議会報告について、亡くなった学生の遺族は「今の学生さんから『変わった』『よくなった』との発言が聴かれるのはよいことだと思う」と運営改善の成果を評価しつつ、「今後何年か経ち、生徒の人数が増えた時が心配」と警鐘を鳴らす。
「本当に改善され『よくなった』と喜べるようになるのは、地域外や社会人ばかりでなく、地元の子たちが入学を希望するようになった時ではないでしょうか」
問題発覚から、まもなく丸2年。先の議会で質問に立った平出議員は「真剣に『学校は変わった』という証拠を見せなければ、次年度も(学生数が)じり貧になる」と指摘、「口先だけでなく現実問題として、よりいっそうの努力を」と強く訴えている。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |