3月5日、岸田文雄首相の姿は、東京から遠く離れた山口県下関市にあった。4月末の衆院山口4区の補欠選挙に出馬する自民党公認候補の応援のためだ。
昨年7月、安倍晋三元首相が凶弾に倒れたことで補選となった山口4区を訪れた岸田首相は、岸信夫元防衛相が引退する山口2区にも足を運んだ。その真意は……。
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世論調査で支持率低迷にあえぐ岸田首相だが、2月26日に行われた自民党の党大会では、「自民党の議席を、皆さん、力を合わせ守り抜いていこうではありませんか」と訴えた。「だけどねぇ」と自民党の大臣経験者が、現状をこう解説する。
「4月23日が投開票の衆参の補選は全国で5つ。盤石なのは山口2区だけではないか。和歌山1区や野党が強い参院大分選挙区、そして不祥事に揺れる千葉5区と、いずれも厳しい情勢だ」
山口4区はこれまで、安倍元首相が圧勝を続けてきた選挙区だ。自民党は安倍元首相に近い吉田真次元下関市議を擁立したが、そこに殴り込みをかけるのが、立憲民主党の有田芳生元参議院議員。ジャーナリストとして旧統一教会を徹底追及してきたことで知られる。知名度のある有田氏が名乗りをあげたことで、風雲急を告げているのだ。
「吉田さんは安倍元首相だけでなく、昭恵夫人のお気に入りでもあった。いわば、安倍家の代理人でコントロールが利く。安倍家、安倍派あげての選挙戦となる」と安倍派の国会議員は自信ありげだったが、有田氏出馬の報道が流れると「予想外の候補者で驚ろいた。『なぜ山口4区とは縁がない人が?』とは思うが、そんな文句を言っている暇もない」と顔を曇らせた。
厳しい戦いを予想させるのが、2月に行われた山口4区の中心・下関市の市議会議員選挙の結果である。
下関市議会の自民党系会派は、安倍元首相寄りの「創世下関」と林芳正外相派とされる「みらい下関」の2つにが分かれている。つまり、安倍派と林派がにらみ合っている状態だ。市議選では、林派が13人当選したのに対して、安倍派は6人にとどまった。林派の下関市議が、こう分析する。
「改選前、安倍派は9人いたのに3人も減らした。林派は別会派と合流したとはいえ1人多くなった。安倍派は、大将である安倍元首相という重しがいなくなり、弔い合戦で出馬したいという何人もの市議候補をうまくまとめきることができず、乱立したことが敗因。要するに、安倍派がバラバラになってしまったということ。一方こちらは、林さんが外相として次期総理候補に躍り出たことや、衆議院への鞍替えも成功していることで、市議候補の調整がうまくいった。勢いの差が出た形だ」
そうなると、山口4区の補欠選挙はどうなるのか。次期総選挙では、山口県は小選挙区が4から3へと1つ減る。林外相の地盤である山口3区と、安倍元首相の山口4区が一つになるような区割りになることは、すでにハンターでも報じた(*⇒山口県政界に銃撃事件の波紋 )。
安倍元首相の死亡で、新山口3区は林外相が候補者となるのが決定的だ。「もし吉田氏が当選すると、新山口3区はもめ事の火種になる。かといって、岸田首相が必勝を期しており、負ければ政局につながりかねないので、静観もできない。地元次第だが、まあほどほどの対応だろう」と岸田首相が会長を務める宏池会の国会議員はいう。
安倍派の勢いがなくなった状況で、付け入るチャンスがあるのが有田氏だ。昨年7月の参議院選挙では、比例代表で4万6千票あまりにとどまり3度目の当選はならなかったが、安倍元首相の銃撃事件に端を発した旧統一教会の問題が大きな社会問題となってからは、多くのメディアから引っ張りだことなっていた。
40年以上も前から旧統一教会を糾弾する活動を続けてきた有田氏。一方、自民党と旧統一教会の最大のパイプであった安倍元首相――。旧統一教会の霊感商法や合同結婚式といった「反社会的な」活動が国会でも連日取り上げられ、高額献金などの被害者救済に向けた消費者契約法と国民生活センター法が改正されたが、その背景に、これまで旧統一教会を徹底追及してきた有田氏の働きがあったのは言うまでもない。
有田氏はかねがね「法改正があったからといっても旧統一教会の問題が決着したわけではない。批判される中、霊感商法や合同結婚式が継続された背景には、自民党と旧統一教会との密接なつながりがある」と関係者に語っている。立憲民主党のある幹部は、次のように見通しを語る。
「安倍元首相の地元で旧統一教会と戦ってきた有田氏なら、きっと勝負になる。争点は、旧統一教会に賛同するのかしないのかの一点。与党対野党という構図ではない。自民党には旧統一教会の毒まんじゅうを食ったきた議員が数多くいて、積極的な支援にはならない。反対に野党は旧統一教会に対峙するという姿勢で一本でまとまる」
俄然注目を浴びる山口4区。自民党幹部は「岸田首相は党大会で必勝を叫んだが、本音は林外相の地元でもあり、山口4区はたいして力が入らない選挙区ではないか。有田さんは、旧統一教会批判に絞ってくるはず。山口4区が注目されてまた旧統一教会問題がぶり返されると、全国の補欠選挙や統一地方選に波及しかねない」と話している。