自民党の最大派閥、安倍派(清和政策研究会)が5月17日、派閥の政治資金パーティーを都内のホテルで開催。衆参で合計100人というメンバー全員が壇上にのぼった。
閥幹部の萩生田光一政調会長が「パーティーまでに新会長を決めたい」と語っていたことから“新会長の挨拶があるのでは”と注目が集まっていたが、マイクの前に立ったのは会長代理の塩谷立元文科相。祝辞に駆け付けた岸田文雄首相は「安倍派が岸田政権の屋台骨を支えている」と持ち上げてみせたが、方向定まらぬ老舗派閥の実情を露呈した形となった。
■決まらない派閥会長
塩谷氏は「今後、どなたが会長になっても派閥をしっかりと引っ張っていきたい」と発言して結束を呼び掛けたものの、同派の先行きは霧の中だ。ある安倍派の関係者が、こう話す。
「塩谷先生も難しい挨拶だったでしょうね。本来、決まっていなければならない新会長が決まらない。おまけに塩谷先生自身は会長に色気がありません。有力候補の誰にも『肩入れしない』と宣言したに等しい挨拶でした」
昨年7月、参議院選挙の遊説中に安倍晋三前首相が銃撃されこの世を去った。圧倒的な人気で存在感を誇った安倍元首相だけに後継者選びは難航。塩谷氏を暫定的な会長代理にしたまま、集団指導体制が続いている。
安倍元首相が健在の時は、萩生田氏に加えて松野博一官房長官、世耕弘成参院幹事長、西村康稔経産相、高木毅国対委員長が「5人衆」と呼ばれ将来の会長候補と目されていた。他にも、下村博文元文科相や稲田朋美元防衛相など、「駒」はそろっていたはずだ。しかし、いずれも人気や人望に欠点があり、決め手を欠く。
この日のパーティーには、安倍派の「ドン」である森喜朗元首相も顔を見せた。事前に、「森元首相が誰かの名前をあげれば、その方向に新会長への流れができるのではないか」(永田町関係者)という話も出ていたが、なぜか森氏は挨拶もなく途中で退席。会長候補の中で挨拶したのは、参議院代表という立場の世耕氏だけで、参加者からは「萩生田さん、西村さん、松野さん、各人の話が聞きたかった」との声が漏れていた。
安倍派の中堅議員は、「自民党の総裁選まであと1年少し。ここで内紛があると取り返しがつかない。今は、派閥が割れないようにすることが最優先。誰かに決めてしまうと3つくらいに割れかねない」と懸念を示す。では、新会長レースは今後どのような展開になるのか?
■福田系VS安倍系
新会長の最有力候補とされるのは萩生田氏。森氏のお気に入りだとされる彼は、大臣や党三役をこなしてきており、キャリアは十分だ。それに対抗するのが松野氏で、現在は官房長官という重責にある。
安倍派は、福田赳夫元首相の流れをくむ「福田系」と、安倍元首相の父・安倍晋太郎元外相の系譜を継ぐ「安倍系」に分かれるという。2012年の自民党総裁選では、安倍派から安倍元首相と町村信孝元官房長官の2人が出馬するという異例の展開になったことは記憶に新しい。
「今と同じようになかなかトップが決まらず、安倍元首相と町村先生で調整がつかず、両者が出馬という信じられないことになった」(前出の安倍派中堅議員)
この時、安倍元首相を推したのは下村氏や世耕氏。萩生田氏や西村氏も安倍系である。
一方、町村氏は福田系で松野や高木氏、それに塩谷氏もついた。今、安倍派では萩生田氏とそうはさせたくない勢力とのつばぜり合いが続いており、反・萩生田の代表が松野氏とみられる。
「松野さんは福田系の代表格といえるでしょう。安倍系はいわゆるタカ派で福田系は官僚政治中心の穏健派。松野さんと萩生田さんの仲が良くないないのは、以前から有名です。萩生田さんが新会長にという報道を目にした時、松野さんが『それならいいよ、出ていくから』と酔っぱらって話していたのは派閥内では知られるところです」(前出の安倍派中堅議員)
■状況次第で分裂も
4月の衆参補選が終わり、安倍派には当選した3人が加わった。片山さつき参議院議員も入会が認められ、所属議員は100人の大台に乗った。総裁選の推薦人は最低20人。その気になれば、2人どころか3人、4人と出せるほど、安倍派大きな勢力を誇る。
来年9月には自民党総裁選が予定されている。岸田首相はその前に、解散総選挙に打って出るのが確実だ。解散が年内なのか、来年に持ち越されるのかで情勢は大きく変わる。安倍派の中では、来年9月の総裁選までに新会長を決めて総裁候補を出すべきという声が多い。だが、無理に決めると分裂を誘発しかねない。
自民党のある大臣経験者は、次のように話している。
「岸田首相にすれば、安倍派が2つ、3つに割れたほうが楽ですよね。100人というのは大きすぎる勢力で、当然声もでかくなる。必然的に、政策が安倍派好みのタカ派色の強いものに寄らざるを得なくなる。岸田首相がポストを用意すれば、総裁選の応援と引き換えに安倍派を割って出る人も現れるでしょう。萩生田氏が新会長なら、松野氏は福田系を引き連れて新しい派閥を立ち上げ、岸田首相との連携をさらに強化するんじゃないですか。また5人衆に入っていない下村氏も、このまま安倍派にいてはお先真っ暗。世耕氏にしても、二階元幹事長と対立した末に和歌山1区の補選を落とし、念願の衆議院転出は暗礁に乗り上げたまま。置いてけぼりにされないよう、これまた必死になっています。100人の大台だと浮かれていると、いつ岸田首相から揺さぶられるかわかりませんよ」
最大派閥の重みと数を誇りながら、安倍派の「決められない」状況が続く。