候補者調整の波紋|鹿児島1区の現状

衆議院議員総選挙の投開票まで1週間、九州各地でも激戦が展開されているが、注目されるのは「候補者調整」の結果、自民党の新人候補が比例区に回ったり出馬を断念させられたりした選挙区だ。

長崎4区では、8期目を目指す北村誠吾氏の言動を嫌った地元の地域支部が前県議会議長の瀬川光之氏を推し、すったもんだのあげく、党本部の裁定で北村公認が決定。福岡5区でも、地元7支部のうち5支部が推薦した栗原渉元県会議長が、「除名」を突き付けた党本部から引きずり降ろされ、評判の悪い原田義昭元環境相が公認されている。

出馬断念を余儀なくされた陣営が「はい、そうですか」と納得するはずはなく、「1+1=2」とはいかないのが道理。今月15日から17日にかけて自民党本部が行ったとされる情勢調査では、長崎4区で北村氏の28.2%に対し立憲民主の新人・末次精一氏が32.3%。福岡5区は、原田氏が34.1%、立憲民主の新人・堤かなめ氏が38.9%と両ベテランが落選の危機を迎えている。いずれも、党本部が地元の自民党組織をないがしろにした結果だ。

時間とカネをかけて大事に育ててきた後援会組織や諸団体との関係を、一時的であるにせよ、派閥の論理や権力者の横車で奪われた側の関係者が黙って引っ込むはずがない。調整対象となった二人の政治家が、選挙区と比例区に分かれた形で立候補することになったケースは「ハッピーエンド」のように見えるが、実際には逆。次の選挙を睨んで、より複雑な動きが始まっている。党本部の調整で、九州比例の衆院議員だった宮路拓馬氏が選挙区の公認候補となり、前回選挙の選挙区候補だった保岡宏武氏が九州比例の単独2位に決まった鹿児島1区の現状を取材した。

◇  ◇  ◇

博多から九州新幹線で約1時間半。取材相手との待ち合わせ場所に向かうため乗ったタクシーの運転手さんに、総選挙への関心があるかと尋ねた。返ってきたのは「白紙で出します」という一言だった。続けてこう話す。
「宮路さんはもともと別の選挙区。なんで1区から出るのか。私は先代の保岡さん(興治元法務大臣)に、ずーっと(一票を)入れてきた。息子さん(宏武氏)は比例区に回されてしもて、入れる相手がおらんようになったんですよ」

“自民党は宏武氏を当選確実な比例2位で処遇しているが”と重ねて聞いたが「私は自民党員ではないから、関係ないですもんね。宮路に入れろとカネ積まれても断ります」と頑なだった。たしかに、末端の支持者に党本部の脅しやお願いは通用しない。圧勝するはずの自民党公認候補が敗戦の危機を向かえている長崎4区や福岡5区の現状が、如実にそれを物語っている。

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公認争いが続いてきた他の選挙区と同じように、「候補者調整」が行われた鹿児島1区だが、ここが抱える事情は複雑だ。保岡氏と宮路氏の公認争いが始まったのは4年前。前回の総選挙では、区割り変更で鹿児島県内の小選挙区が5から4に減少したため、旧3区で議席を得ていた宮路氏が比例単独候補に。公示直前にがんが悪化した先代・興治氏が出馬を断念したことで、急遽宏武氏が出馬していた。

準備不足の宏武氏は重複立候補の手続きが間に合わず、比例復活が望めない中での選挙だったという。結局、宏武氏は知名度で勝る立憲民主のベテラン・川内博史に競り負け、長い浪人生活を余儀なくされることになる。再選を果たした宮路氏は鹿児島1区の支部長就任を希望。その後、保岡vs宮路の公認争いが続いてきたため、鹿児島1区の自民党支部長は空席のままとなっていた。

決着がついたのは8月22日。自民党鹿児島県連は、宮路氏を1区の公認候補に、保岡氏を比例単独候補に回し名簿の上位とするよう党本部に要請することを決める。これを受けた自民党本部は今月18日、宏武氏を単独2位に登載した比例九州ブロックの名簿を発表している。

情勢調査で自民党は、前回総選挙時と同じ7議席奪取を確実にしており、宏武氏の当選は決まったようなものだ。鹿児島1区を地盤とする二人の代議士が誕生するかもしれないという、一見「ハッピーエンド」の結末のように見えるが、実は選挙区調整で新人が次の損選挙の公認に回された形となった長崎4区や福岡5区以上に、深刻なドロドロ劇の幕が切って落されている。

保岡氏を応援してきた50代会社社長の話。
「今回の選挙は、保岡比例、宮路1区で仕方がない。ただし、今回に限っての話でしょう。次も宮路が1区というのでは、保岡陣営は誰も承服しないと思いますよ。宮路を当選させるための後援会ではないのだから。そもそも、現職優先というが、宮路は比例区の現職で、鹿児島1区の現職ではなかった。話の筋が通っていない。私は自民党の党員ですが、宮路には入れない。比例は自民と書くけど」

会社社長が言うように、問題は次の総選挙だ。宮路氏が小選挙区で勝つか、負けても比例復活すれば、宮路氏は1区支部長として居座り続ける。負けても県連や党本部が再考しない限り、支部長は変わらないとみられている。すると、保岡氏の処遇を巡って、再び混乱が起きる。保守が2陣営に分かれて互いを牽制し合う形が、次の総選挙まで続くということだ。

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同じ選挙区を2人の有力政治家が争うという構図が、かつて福岡県にもあった。当事者は、山本幸三元地方創生担当相と武田良太前総務相。2000年の総選挙は無所属の山本氏が自民党新人の武田氏に勝利、2003年と05年の選挙では、逆に無所属となった武田氏が自民公認となった山本氏を撃破するという激しさだった。それまで山本氏を支えた後援会が崩れたのは、総選挙2連敗を受けて09年に山本氏が比例単独に回ったためだ。その後、武田氏の勢力が11区を席巻するようになったのは言うまでもない。地元組織をズタズタにされた山本氏は12年、やむなく福岡10区に国替えしている。鹿児島1区を巡る保岡陣営と宮路陣営の争いが、同じような状況になる可能性は高い。

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事情を知る鹿児島県政界の関係者は、困惑の表情を隠さない。
「宮路派と保岡派で1区の自民党が分裂することだけは避けないといけないが、どうも雲行きが怪しい。そもそも論になるが、宮路を1区の支部長にしたのが正解だったのかどうか……。1区の県議や市議は、ほとんどが保岡派。宮路には手足が少ない。まったくの新人が来て『宜しくお願いします』というのとは訳が違う。他人の庭に、土足で上がり込んできたようなものなんだから反発しかない。1+1が2になるかというと、おそらく1.5にもならないだろう。どれだけ党の決定といっても、末端の党員はそれぞれの政治家の事務所が集めた人たち。党から“宮路を応援しろ”と言われて、『分かりました』と恐れ入る関係ではない。保岡後援会の幹部にしても、次の総選挙を考えると、『宮路、宮路』と連呼するわけにはいかないだろう」

次の総選挙でも保岡氏が比例に回されるような事態になれば、1区の保岡後援会は崩されるのが必定。先代・興治氏時代から1区を守ってきた関係者は、黙っていないだろう。保岡家とのなじみが深いというある自民党国会議員は、次のように解説する。
「次の総選挙がいつになるのか分からないが、2度続けて比例区ということになれば、おそらく保岡陣営は無所属で戦う道を選ぶだろう。でないと、後援会組織がもたない。今度は比例2位で、ようやく宏武君が代議士になる目途がついたが、ここに至るまでの宮路陣営の行儀が悪過ぎた。県連の裁定で宮路公認が決まったが、そのあと宮路さん自身は保岡陣営に正式な挨拶をしていない。本来なら、保岡後援会の幹部を集めてもらい、候補者調整に応じてもらったことへの感謝と改めての支援要請を行うべきだったのに、これを怠っている。応援するのが当然と言わんばかりの態度に、多くの保岡支持者は頭に来ているそうだ。宮路さんが、保岡陣営が集めた自民党員の名簿を県連からもらって、勝手に文書を送ったりしたもんだからよけいに反発をくらっている。保守票をまとめるのは難しいだろうね」

保岡陣営の中には「党本部の裁定が出た以上、宮路の選挙を応援すべき」と主張する建設業者もいたというが、賛同者はほとんどいなかった模様で、「宮路がやりたければ、宮路の後援会に移ればいい」と冷ややかな声さえ出ているという。保岡後援会の結束は、叩かれたことで強まっている。

保岡陣営は4年間、それまでなかった後援会の地域組織を50前後も作り上げ、決戦に備えてきたという。カネと時間をかけて築き上げた城を、たまたま比例に回って当選していた宮路氏に「現職優先」というおかしな理屈で明け渡す格好になったのだから、無念の思いは計り知れまい。「1+1=2」になるはずがないのだ。案の定、自民党の直近の情勢調査では、宮路氏38.6%、川内氏40.8%という数字になっている。

宮路陣営の中には「保岡後援会の動きが鈍いから抜け出せない」などと責任転嫁する声があるのだという。保岡陣営にしてみれば、言いがかりもいいところだ。それが聞こえた段階で、ただでさえ鈍かった支援活動が、さらに足踏み状態になるのは当然のことだろう。自民党公認を競い合った相手を比例区に追い出しておいて、「比例は公明」と訴えている陣営に、保岡陣営を責める資格などあるまい。

【参照記事】
宮路拓馬総務大臣政務官側に鶏卵マネー50万円
・「黒革の手帳」が暴く宮路大臣政務官と鶏卵マネーの関係(1)|献金額は100万に

膨らむ疑惑|「黒革の手帳」が暴く宮路大臣政務官と鶏卵マネーの関係(2)

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裏帳簿に「5,500,000」の記載|「黒革の手帳」が暴く宮路大臣政務官と鶏卵マネーの関係(4)
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