ススキノ殺人・留置理由開示法廷傍聴記(下)|両親は「責任能力ある」と明言  

 7月上旬に札幌・ススキノで発生した殺人事件をめぐり、札幌簡易裁判所(鈴木浩二裁判官)が公開した「鑑定留置理由開示法廷」。実行犯とされる女性(29)の両親は、その法廷で改めて殺人などへの関与を否定し、検察が求める精神鑑定の必要性がないことを訴えた。身柄拘束の不当性を追及する弁護人らと裁判官との丁々発矢のやり取りは前稿で伝えた通りだが、本稿では両親自身の陳述などを採録し、当事者の言い分をできるだけ詳しく報告しておきたい。

◇   ◇   ◇

 殺人、死体損壊、死体領得、及び死体遺棄の疑いで先の女性とともに逮捕されたのは、女性と同居する精神科医の父親(59)と、パート従業員の母親(60)。9月1日の鑑定理由開示法廷ではまず、事件現場まで娘を送迎したとされる父親が出廷し、弁護人らと裁判官とのやり取りの後、促されて意見陳述に臨んだ。筆者の傍聴取材によれば、語られたのはおおむね以下のような内容だ。

まず初めに、このたび娘が起こした事件の犠牲となられた被害者の方、ご遺族・関係者の方々に取り返しのつかないご迷惑をおかけしたことを、深く深くお詫び申し上げます。私どもは、親としてその道義的責任を強く感じております。 私の鑑定留置は“本件犯行時における”私の責任能力などをあきらかにするため、鑑定人が私を診察し、話をしたり検査をすることと理解しています。先ほど弁護人が仰言った通り、私は精神科の受診歴などは一切ございませんし、心神の問題で仕事に支障をきたしたことも、30年以上この仕事を続ける中で一度もありません。また私ども夫婦は、今回の事件に関し親としての道義的責任は感じていますが、共謀の被疑事実は一貫して否認しております。

否認する者に対し「共謀している」との前提で責任能力を検討すると、いったいどうなるか。そこでは「事理弁別能力」「行動制御能力」といったものを判断する、より具体的には「動機の了解可能性」「犯行の計画性」など8項目について検討を加えるものと理解しておりますが、否認している私どもに対して果たして検討ができるのか、率直に疑問です。「憎くて殺そうと思ったのか」と問われても、そもそも殺意もないし、お答えできることが何もありません。「いつ犯行を計画したか」と問われても、そもそも計画していないのでお話しできません。私が鑑定人だったら、これでどう鑑定すればよいか、途方に暮れてしまいそうです。

以上より、私どもの“犯行時における”責任能力などをあきらかにするため鑑定留置が必要との判断は、私にはとうてい理解できません。

 

 さらに弁護人らが補充的な問いを向け、父親がこれに答える形で陳述が続く。以下に採録するのが、その問答の一部だ(※ 逮捕された3人の実名は「娘」などの語に言い換え。以下同)。

弁護人:殺人とか死体損壊をあなたが知ったのは、いつですか?
父親:帰宅後、起きた出来事をいろいろ積み上げ、初めて理解したということです。

弁護人:家に着くまでの間は、何も知らなかった?
父親:まったくわからなかったです。

弁護人:取り調べにはずっと黙秘されていた。これを8月21日に解除して、検察官に一通りすべて供述しましたが、その前の週にも娘さんの生活状況について調書をとられていますよね?
父親:はい。月曜から日曜までの、朝から午後3時、4時ごろまでで、1週間で100ページ以上の調書をとられたと思います。

弁護人:検察官から精神科受診歴や精神状態についての質問はありましたか?
父親:身上調書で『とくにない』と答えた気がしますが。

弁護人:責任能力に関する詳しい質問は?
父親:とくにされた記憶はありません。

弁護人:仮に起訴されることになった場合、心神耗弱や心神喪失を主張するお考えはありますか?
父親:毛頭ございません。

弁護人:被疑事実は争うが責任能力は争わないと。
父親:はい。

弁護人:これまで精神科医として活動した中で、いろいろな弁護士から意見書などを頼まれたことがあると。どのような意見書をお書きに?
父親:多くは過労自死の方について『心理学的剖検』と言うんですが、その人の精神状態について調べ、意見書を書くということをしてきました。

弁護士:その人の精神状態を、精神科医として判断して作成すると?
父親:裁判資料やご遺族からの聴き取りなどをもとに、どういうふうにやるかというルールはある程度決まっているので、その方法に基づいて書くということです。

弁護士:そういった活動の中で、『あなたの精神状態に問題があるから意見書に信用性がない』とか言われたことはありますか?
父親:一度もございません。

弁護人:今回、鑑定医の先生とは何回会っていますか?
父親:鑑定留置中には、8月29日に1度お越しいただきました。

弁護人:その先生が『娘さんのことを訊くことが多くなります』みたいなことを仰言ったんですね?
父親:その日は短時間にするということで20分ほどでしたが、次回は9月中にできるかどうか、という感じで『また来たとしてもおそらく娘さんについて訊くことのほうが多くなると思う』と言われました。

弁護人:最後に伺いますが、あなたが起訴されたり、あるいは釈放されたり、どんな場合になったとしても、娘さんの精神鑑定に協力する意志はありますか?
父親:充分ありますし、この鑑定留置が決まる前の段階でも『娘のことのために協力は惜しまない』と発言しております。

弁護人:そうすると、『自身の鑑定留置を使って娘の鑑定をすることがおかしい』と、こういう趣旨ですね?
父親:はい。

 娘の犯行への関与を否定する父親は、自身の責任能力に問題はないと明言、仮に起訴されたとしても心神耗弱などは主張しないと言い切った。同じ姿勢は、やはり否認を貫いている母親の発言からも受け取れる。1時間弱で閉廷した父親の鑑定留置理由開示法廷に続き、同じ証言台に着くことになった母親は、ごく手短かに次のような意見を陳述した。

私は「疑われているようなことは何ひとつしていない」と否認しております。そして、私には責任能力があると思っておりますので、鑑定留置の必要があるとはまったく思いません。

 続く弁護人らの補充質問では、以下のようなやり取りが聴かれた。

弁護人:事件には被害者がいますが、その方たちに対して思うことはありますか?
母親:言葉ではとても言い尽くせないのですが、このような重大なこと、本当に取り返しのつかないことになってしまって、心から申しわけないと思っております。深くお詫びを申し上げます。

弁護人:殺人や死体損壊などの事実を知ったのは、娘さんが家に帰ってくる前ですか、帰った後ですか?
母親:後です。

弁護人:娘さんは、何か人を傷つけたりとか動物を傷つけたりすることが過去にありましたか?
母親:ありません。

弁護人:報道では、小学生の時に誰かをナイフで脅したとかいう話も出ていますが、そのような事実があったのですか?
母親:ありません。

弁護人:周囲の人や学校の先生などからそういう話を聴いたことはないと?
母親:はい。

弁護人:あなたは、娘さんが逮捕された日の翌日に逮捕されています。その日はそれなりに供述していたわけですね?
母親:はい。

弁護人:そこで『犯行を止めたかったけど止められなかった』と言った、という報道がありますが、そういうことを言った事実はありますか?
母親:『止められなかった』と発言した記憶はございますが、その意味は、ああいうことになってしまったのを止められなかったということで、犯行を前から知っていたとかいうことではありません。

弁護人:『犯行を止められなかった』とは言っていないと?
母親:はい。

弁護人:その後、弁護人の指示でずっと完全黙秘されていましたが、8月21日から検察官に対してのみ供述を開始しました。取り調べは毎日のようにありましたか?
母親:供述するようになってからは、ほぼ毎日だと思います。

弁護人:一日に何時間ぐらい?
母親:長くて4時間になったことがありました。

弁護人:調書は作りましたか?
母親:はい。

弁護人:娘さんではなくあなた自身の精神状態について、検察官から何か質問はありましたか?
母親:いいえ、記憶にはありません。

弁護人:自分の責任能力が疑われているのでは、と思ったことは?
母親:ありません。

弁護人:ご主人は精神科医ですが、あなたについて『精神科を受診したほうがいいんじゃないか』とか言われたことは?
母親:一度もありません。

弁護人:精神科の受診歴はありますか?
母親:ありません。

弁護人:仕事は『パート従業員』と。精神面で仕事がうまくいかなかったりしたことは?
母親:ありません。

弁護人:人間関係はどうですか?
母親:職場の方にはとても親切にしていただき、感謝しています。

弁護人:友人関係や近所づきあいで、変な感じで扱われたりとかは?
母親:一度もありません。

弁護人:仮に起訴された場合、責任能力について争うお考えはありますか?
母親:いいえ、ありません。

弁護人:先ほどの精神科の受診歴について、娘さんに付き添って精神科に同行したことはありましたか?
母親:5、6年前、クリニックに通い始めた娘から『1人だけで行くのは嫌なので』と言われ、数回、主治医に会いに行ったことがあります。それは娘の普段の様子をお伝えしたりするためで、自分自身のことでは相談はしていないので、私に病名はついていないし、投薬を受けたこともありません。

弁護人:そこで『お母さんもちょっと調べたほうがいい』と言われたことは?
母親:いいえ、ありません。

 繰り返すが、両親は自分たちの責任能力を争う考えがないと明言、併せて娘の精神鑑定に全面的に協力する意思を示した。母親の陳述ではこれに加え、おそらくは警察情報を根拠に報じられた「犯行を止められなかった」なる発言が存在しないことや、娘の過去に関する報道にも誤りがみられることなどが指摘された。こうした発言は公開法廷のあった翌日までにいくつかの報道機関が伝えることになったが、それまでの洪水のような警察情報由来の報道に較べると決して充分な情報量とは言えず、現時点でなお捜査側と容疑者側、両者の言い分が公平に発信されているとは言い難い。

 これまで本サイトで扱ってこなかった事件を今回初めて伝えることになったのは、おもに以上のような理由による。あきらかに容疑者側の言い分を大きく採り上げている点で本稿もまたバランスを欠いているが、ここで彼らの声を詳しく伝える意義については読者諸氏の評価に委ねたい。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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