銃所持取り消し訴訟・控訴審でも現場検証|札幌高裁の判事らがヒグマ駆除現場歩く

自治体の要請でヒグマを駆除して公安委員会から銃所持許可を取り消された北海道のハンターが起こした裁判で9月上旬、控訴審を審理する札幌高等裁判所が当時の駆除現場を訪れ、現場検証を行なった。同裁判では一審・札幌地裁も同じ現場で2020年10月に検証を実施しており(既報)、裁判官がヒグマ駆除の現場を歩いたのは今回で2回目。

■ヒグマ駆除後、不当に銃所持許可取消し

銃所持許可取り消し処分の撤回を求めて北海道公安委を訴えたのは、北海道・砂川市で地元猟友会の支部長を務める池上治男さん(74)。狩猟歴30年超のベテランハンターで、当時から市の鳥獣被害対策実施委員として活動していた。この現場検証の前日も市内のヒグマ目撃現場に出動しており、銃を持たない現役ハンターとして今も当地の鳥獣被害に対応し続けている。

のちに問題とされる駆除行為があったのは、2018年8月のこと。砂川市郊外の宮城の沢地区にヒグマが出没し、池上さんら地元ハンターが市から駆除要請を受けた。問題のクマは体長80cmほどの子グマで、近くに母グマがいる可能性があったことから、池上さんは「撃つ必要なし」と判断。これに市の担当者がなおも「撃って欲しい」と懇願したのは、連日のクマ出没で地域住民の不安が高まっていたためだ。現場に立ち会った警察官も市の判断に異論を挟まず、駆除を前提として近隣住民に避難を呼びかけた。池上さんは要請に応えざるを得なくなり、現場にあった高さ8mの土手を背にクマが立ち上がったところを狙ってライフル銃1発を発砲、同行した別のハンターが「止め刺し」の1発を撃って駆除が無事に完了した。

2カ月後、地元・砂川警察署(のち滝川署に統合)が突然この行為を問題視し始める。鳥獣保護法違反や銃刀法違反などの疑いで池上さんを任意聴取し、ライフルを含む猟銃4丁を押収したのだ。のちに池上さんの代理人を務める中村憲昭弁護士(札幌)が評した「異常な処罰感情」とでも言うべき不可解な判断で、警察は「撃った射線(弾道)の先に建物があった」と断定、事件を検察に送致した。だが先述したように現場には高さ8mの土手があり、池上さんはその土手がバックストップ(弾止め)になる位置から銃を撃っている。警察の言う「建物」はその土手の上に建っており、発砲地点からは見えるはずもない。つまり旧砂川署は、現場の高低差を完全に無視して平面的な位置関係を根拠に当時の駆除行為を危険と断じ、強引に事件を仕立て上げていたことが疑われるのだ。

地元検察は当然ながら事件を不起訴処分とし、猟銃免許を所管する北海道も免許を取り消さないことを決定、また砂川市も池上さんへ鳥獣対策隊員の委嘱を続けることに。そんな中、警察のみは振り上げた拳を下ろそうとせず、先の容疑に固執して銃を差し押さえ続けた。警察を監督するはずの北海道公安委員会も、これに追随して猟銃所持許可を取り消してしまった。同処分を不服とした池上さんが処分の撤回を求める訴えを起こしたのは、2020年5月のことだ。

1年半あまりの審理を経た翌年12月、札幌地裁は原告側全面勝訴判決を言い渡す。当時の判決文で同地裁は、公安委の処分を厳しく批判することになった。駆除に立ち会った警察官が発砲に異論を挟まなかったことや池上さんが発砲行為に極めて謙抑的・抑制的だったこと、警察の言う「建物」が目視不能で、無論のこと当時の弾丸が建物を破損した事実などないことを確認した上で、裁判所はこう断じている。

《仮に原告の本件発射行為が鳥獣保護法に違反し、もって銃刀法に違反したものと判断する余地があるとしても、これを理由に本件ライフル銃の所持許可を取り消すというのは、もはや社会通念に照らし著しく妥当性を欠くというべきであって、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものと言わざるを得ない。従って、本件処分は違法となるものというべきである》

■公安委、懲りずに控訴

これに被告の公安委が控訴したことで争いの舞台は札幌高裁(佐久間健吉裁判長)に移り、昨年から非公開の弁論準備手続きが続いていた。

今回行なわれた現場検証は、池上さん側が改めて実施を申し入れ、札幌高裁がこれを受け入れる形で実現したもの。9月7日午後、佐久間裁判長を含む高裁関係者らが一審原告・同被告の双方をまじえ、2020年の地裁の検証時と同様に駆除現場の山林を歩いた。高裁がとりわけこだわったのは、池上さんの発砲位置やクマが立ち上がった地点について、これまでよりも範囲を絞り込んでいく特定作業。午後1時過ぎから2時間あまりにわたった調査では、裁判官自らが池上さんらの説明を受けながら現場の土手を上り下りするなどし、各ポイント間の距離や方角などを確認し続けた。

当事者として現場に立ち会った池上さんは「これまでよりも射線が明確になることで、駆除に何の問題もなかったことを理解してもらえたのではないか」と今後の判断に期待を寄せ、提訴後も各地でヒグマの被害などが続いていることから「多くの問題が出ている中、不当な処分を早く取り消し、銃を返してもらいたい。裁判所は控訴を棄却し、一審の判断を維持すべきだ」と訴えている。

猟銃許可取り消し訴訟・控訴審の次回口頭弁論期日は未定で、今後も引き続き弁論準備手続きが重ねられることになるとみられる。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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