ヒグマ駆除の協力者を犯罪者に仕立てた砂川署と公安委|札幌地裁が異例の現地調査

人里に出没したヒグマを駆除するため、警察と市役所に頼まれ出動した北海道猟友会砂川支部の支部長・池上治男さん(71)が、指示通りに熊を仕留めた後、突然犯罪者扱いされ銃の所持許可を取り消された。

地域住民を守るためのヒグマの駆除が“事件化”したきっかけは、問題とされた2018年8月の駆除の現場に臨場していたもう一人の猟友会メンバー(70)による告発。最初の銃弾で致命傷を負ったクマに「止め刺し」の1発を撃ったこの共猟者は、池上さんが撃った「跳弾」によって被害を受けたと訴えていた。

■共猟者の主張する「跳弾」への疑問

共猟者の男性が告発していたのは、自身が被害を受けたという「跳弾」事故。池上さんがクマを撃った銃弾が跳弾して男性の銃に当たり、銃床を破損したというのだ。この事故の補償を求めた男性に対し、事故を認めない池上さんが対応を拒否したため、告発に踏み切らざるを得なかったのだという。

筆者は8月に入ってから、この共猟者男性の言い分に直接触れる機会を得た。男性によると告発を受けた砂川署は、捜査半ばで「あなたの件ではやらない(跳弾では立件しない)」と告げてきたという。実際、同署は男性の銃床を証拠として保全していない。その銃床を破損したという弾丸も、今に到るまでみつかっていない。

猟友会関係者は「ライフル弾が銃床に当たったら一発で粉々、とても『止め刺し』なんて撃てない」「2カ月後にいきなり告発するのはルール違反、その場でただちに申告すべき」「告発が事実なら、クマの体液なりDNAが銃床に付着している筈」などと当然の指摘を口にするが、これらの事実も一切調べられていない。

■証拠不在、証人不在、挙げ句に容疑切り替え

先の男性が事故を主張する背景には、いくつかの個人的な事情があったようだ。ここでは詳述を控えるが、万が一跳弾が事実だったとしても、警察がその事故を立件していないという結果は揺るがない。のちに池上さんが道公安委の所持許可取り消し処分に不服を申し立てた際も、公安委は告発と処分を「無関係」と明言している。

それだけではない。警察は駆除を要請した砂川市職員から事情を聴こうとせず、また現場に立ち会った警察官の供述も録取していなかった。

つまり、こういうことだ。共猟者の告発を受けて捜査を始めた砂川署は、告発事実をあっさり不問とした上、証拠や証人を一切欠いた状態で、まったく唐突に「建物に向かって撃った」なる容疑を持ち出し、ヒグマ駆除の功労者から銃を奪った。公安委はその後の検察、道、及び市の不問対応をすべて黙殺し、銃を差し押さえ続けることを選んだ。その結果、地元ハンターたちの間に捜査当局への不信感が拡がり、誰も銃を撃たなくなった。ひいては、地域住民が獣害の恐怖に晒され続けることになった――。

池上さんが起こした行政訴訟で代理人を務める中村憲昭弁護士(札幌弁護士会)は、警察の「裁量権の濫用」を強く批判、自らも狩猟免許を持つハンターの1人として、砂川署の「異常な処罰感情」を指摘する。
「検察に事件送致した際の『意見書』で、担当警察官は池上さんについて『短気で傲慢』『再犯のおそれがあり、改悛の情もない』『自己中心的』などと述べているんです。今回の件は異常なことづくめですが、とりわけ異常なのがこの処罰感情の強さです」

7月3日、初弁論を迎えた原告の池上さんは、意見陳述で次のように述べている。
「取調官からは『クマはあなたに噛みついたり爪をかけたわけではないので、害獣とはいえない』『あなたは相手がヤクザというだけで銃で撃ちますか』などと言われました。これは私のみならず、猟師にとって非常に侮辱的なことです。そもそも、国民の生命と財産を守るべき警察が、緊急時のヒグマ対応をわれわれ猟友会に丸投げした挙げ句、公務の協力者を犯罪者に仕立て上げること自体、言語道断。決して許されることではありません」

陳述の締めくくりには、札幌地裁の廣瀬孝裁判長に「ぜひ現場を見ていただきたい」と呼びかけた。地裁の現地調査が実現したのは、この時の訴えが受け入れられた結果だ。

■銃不在に市の苦慮、捜査当局は「お答え控える」

10月に行なわれた調査は民事訴訟法や刑事訴訟法で「検証」と呼ばれ、裁判官などが「五官の作用」(五官=目・耳・鼻・舌・皮膚の五つの器官)で証拠を調べる手続きをいう。実際の民事訴訟で採用されることは極めて珍しく、先の中村弁護士は「20年間の弁護士経験で今回が3度め」と明かす。当日は廣瀬判事自らビデオカメラを手に現場の藪へ足を踏み入れるなど、裁判所が現地の地形などを正確に把握しようとする姿勢がみられた。

クマを撃つ際にバックストップとなった土手の存在は、警察の調書では完全に黙殺されていたが、結果的に裁判官の眼と足で確認されることになった。土手の下から「建物に向かって撃った」という警察の主張を知る近隣の男性(82)は、調査を見守りながら「あんな所から建物なんて狙えるわけがない」と苦笑する。警察のいう「建物」はほかでもない、その人の自宅だったのだ。約20分間の調査に立ち会った池上さんは「ここまで来るのに2年かかった」と呟いた。

*養鶏場に1カ月間通い続け、箱罠で捕獲されたヒグマ(8月1日午前、砂川市一の沢)
=北海道猟友会砂川支部提供

北海道内では現在、ヒグマの餌となるドングリなどの生育状況が芳しくなく、各地で人里に出没するケースが相継いでいる。檻に入れられた上掲のヒグマも、そうした一頭だ。道は例年1月までの狩猟期間を今季は4月まで延長することを決めたが、銃所持許可取り消し事件のあった砂川市では今も引き金に手をかけるハンターがいない。

猟友会メンバーの中からは「いよいよになったら罠で獲ってそのまま道警本部の前に置いておけばいい」と言い棄てる声も聴こえる。市としては定点カメラによる監視や住民への注意喚起などを続けるしかなく、担当する農政課は「今後もケースごとに対応を考えていくしかない」と声を落とす。

池上さんの裁判は現在、おもに非公開の進行協議の形で審理継続中。原因をつくった北海道警察は筆者の取材に「個別具体的なことはお答えを控える」と対応を拒否、原告の道公安委も同じく回答を拒んだ。ライフル銃の所持許可を一度失うと以後10年間は再所持を認められなくなるため、関係者は一刻も早い問題解決を望んでいる。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 



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