道警がヒグマ駆除のハンターから銃を押収|所持許可求める訴訟で判事が現地調査

北海道・砂川市で10月上旬、地元裁判所の裁判官がヒグマ駆除の現場に足を運び、現地の地形などを調査した。調査は、現役ハンターが起こした裁判の証拠調べの一環。原告のハンターは一昨年8月、自治体の要請でクマを駆除し、法令違反に問われて銃所持許可取り消し処分を受けていた。本年5月に提起した裁判で、同処分の撤回を求めて地元の公安委員会と争っている。

■行政の要請で駆除、2カ月経て「事件」に

北海道公安委員会を相手どって行政訴訟を起こしたのは、道猟友会砂川支部で支部長を務める池上治男さん(71)。狩猟歴30年ほどのベテランで、地元・砂川市の「鳥獣被害対策実施隊員」を務めるれっきとした現役ハンターだが、ここ2年あまりは引き金を引くことができていない。身に覚えのない法令違反で銃を取り上げられたためだ。

所持許可取り消しのきっかけとなった“事件”が起きたのは、2018年8月21日の早朝。砂川市郊外の宮城の沢地区でヒグマの目撃情報があり、当時の北海道警察砂川警察署(のち滝川署と統合)と砂川市農政課が猟友会に出動を要請、池上さんを含む2人のハンターが現場に駈けつけた。急斜面の土手がある山道でクマの姿を確認した池上さんは、立ち会った警察官と市職員に「撃つ必要はないのでは」と提案したという。
「いたのは80cmぐらいの子グマで、近くに母グマがいる可能性もあるので『撃たなくていい』と言ったんです。そうでなくてもわれわれハンターは普段から、できる限り撃たないで済ませることにしてますから。ところが役所は、撃ってくれという」(池上さん)

当時はクマの目撃情報が相継いでいたさなかで、市としては駆除により地域住民の安心を担保しておきたかったようだ。臨場した警察官も異論を挟まず、発砲に備えて人払いにあたった。のちに砂川署は、池上さんが何の合図もなく発砲したと主張することになるが、現場近くで駆除の様子を見ていた男性(82)はこれを否定、「警官が『今から撃つので家に入って』と言ってきた」と証言する。砂川市農政課も「池上さんに『撃ってください』とお願いしたのは間違いない」と請け合う。

クマの背後にある高さ8mの土手がバックストップ(弾止め)になることを確認し、池上さんはライフル銃を発射。この1発でクマは致命傷を負い、同行したもう1人のハンター(共猟者)が至近距離から「止め刺し」の1発を撃って駆除が完了した。

2カ月後の10月初旬、これが突然「事件」となる。砂川署生活安全課は任意で池上さんを聴取、同中旬には捜査員が自宅を訪ねて銃4挺と所持許可証を押収し、携帯電話も持ち去った。調べの容疑は、「建物に向かって撃った」こと。当時の発砲行為が鳥獣保護法違反、銃刀法違反、及び火薬取締法違反にあたるというのだ。

■地元では出没激増、ハンターは発砲拒否

とはいえ、結果としてこれらの法令違反は不問となった。在宅捜査を続けた砂川署は19年2月に事件を書類送検したが、地元の滝川区検察庁は不起訴処分を決定。狩猟免許を扱う北海道の環境生活部も駆除行為に違法性はなかったとして免許を取り消さないことを決め、砂川市も鳥獣対策隊員の委嘱を継続した。

ところが砂川署は先の送検後、銃所持許可の取り消しを警察本部に上申。これを受けて道公安委が19年4月に取り消し処分を決めてしまった。検察と道と市がまったく問題としなかった駆除行為で、警察・公安委だけが処分にこだわり、熟練ハンターの銃を差し押さえ続けているわけだ。

地元猟友会メンバーらはこの対応を深刻視し、「クマを撃つと犯罪者にされるのか」と、以後は銃によるヒグマの駆除を控えるようになる。砂川市では今年に入ってからクマの出没が相継いでおり、本年度の目撃数は昨年度12カ月間の40件を大きく上回って上半期6カ月間だけで70件を超えた(⇒砂川市ホームページ「熊の目撃情報」参照)。

7月初頭からは同市一の沢地区で体長2m・体重270kgのオスが養鶏場を荒らし続け、至近に暮らす経営者一家を恐怖に陥れたが、ついに銃で駆除されるには到っていない。市職員が「箱罠」を設置して1カ月がかりで捕獲できたものの、養鶏場を経営する男性(62)は「撃てないなんて、歯痒いというより腹が立った。行政はおれたちを見捨てるつもりだったのか」と憤りを隠さない。

8月下旬から9月にかけては空知太地区の住宅街で肥料などを喰い荒らすクマが出没し、市は注意喚起のチラシを作成して異例の戸別配布に踏み切った。

池上さんら猟友会メンバーは通報のたびに現場に駈けつけたが、無論のこと全員が丸腰。クマの習性をよく知るメンバーらは、パトカーのクラクションで威嚇するなどの誤った対応をとる警察を諌めたり、餌になり得る物を住宅付近に放置しないよう住民に助言したりと、銃を使わずにクマを山へ追い戻そうと奔走し続けた。

メンバーの1人(68)は「うちらはまったくのボランティア。警察は巡回程度で終わりだし、積極的に解決する気がなさそうだから」と歎息する。銃不在の対応がいつまで続くのかは「今回の裁判にかかっている」といい、理不尽な状況に疲れ切っている様子だ。

■担当警官は捜査に自信、共猟者は「跳弾」主張

そもそも旧・砂川署は、なぜ池上さんを送検しなくてはならなかったのか。同署生活安全課で捜査にあたった警察官に問いを向けると、「当時の判断は間違っていなかった」との言葉が返ってくる。
「たとえば除雪。役所が除雪を委託した業者が道路交通法違反をした場合、その責任をとるのは役所ではなく、業者さんですよね。狩猟についても同じで、役所の要請で駆除を引き受けたハンターさんには、当然しっかりやっていただかないと」

一般化した話の中に、前提として池上さんに法令違反があったという認識が垣間見える。同警察官は今回の訴訟について「むしろ裁判になってよかった」と強気な姿勢を崩さず、「まだ知られていない事実があり、法廷ではそれがあかるみに出るのでは」と、含みを持たせた言い回しで自信を見せる。

その「事実」とは、何なのか。手がかりとなるのは「共猟者」の存在だった。

問題とされた18年8月の駆除の現場には、池上さんのほかにもう1人、ハンターの男性(70)が臨場していた。最初の銃弾で致命傷を負ったクマに「止め刺し」の1発を撃った人物、つまり共猟者だ。砂川署の捜査は、この男性による告発がきっかけで始まっていた。(以下、次稿)

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 

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