警察職員の不祥事を記録した公文書の開示請求をめぐり、鹿児島県警察が特定の文書の開示を拒んでいる。
対象文書は、県警で処分などがあった不祥事のうち事件として捜査されたケースについて捜査の事実を確認できる公文書(事件指揮簿など)。ほかの道県警では条例に基づいて適切に開示されている文書だが、鹿児島県警は「文書の存否を答えること自体が個人の権利を害する」として、記録が存在するかどうか自体をあきらかにしていない。
同県警から拒否決定を受けた筆者は現在、鹿児島県公安委員会に審査請求(不服申し立て)を行ない、警察を監督する公安委が本来の役割を果たして当局に適切な情報公開を促すよう求めているところだ。
■警官不祥事の捜査記録を「存否応答拒否」で非開示
筆者が鹿児島県警に公文書の開示を求めたのは、本年3月13日。同日付の「公文書開示請求書」に記した文書名をそのまま採録すると、下のようになる。
同送別紙(平成31年1月1日から令和5年1月18日までの『懲戒処分台帳』『訓戒処分台帳』及び『注意処分台帳』)に記録された各事案について――
・事件として捜査の対象になったものがある場合、それに伴って作成または取得された公文書。
・処分または事件が報道発表されたものがある場合、発表に際して作成された公文書。
冒頭に「同送別紙」とある通り、今回の請求に際して筆者は、すでに開示されていた別の公文書を参考資料として県警に送付した。具体的には、過去5年間の県警職員の不祥事の記録だ。これを入手したのは「ハンター」編集部で、2022年1月に県警へ開示請求し、2月の一部開示決定で計121件の不祥事を記録した公文書の交付を受けた。
本年3月の請求は、この文書を共有した筆者がそれらの不祥事に関連する追加情報を入手するため、改めて申し出たものだ。求めたのは「不祥事の捜査の記録」と「公表の記録」。この2種を指定した理由は、こうだ。
懲戒処分などの対象となった不祥事には、法令違反にあたる事案が含まれている可能性が高い。その場合、捜査機関である警察は当然ながらその事件を捜査することになる。捜査すれば、それに伴って公文書が作成・取得される。先述した「事件指揮簿」などだ。これの開示を求める理由はつまり、警察が身内の法令違反を見逃がさず、一般の県民の犯罪と同じように適切に捜査しているかどうかを確認するためだ。万引きをして処分された警察官がいたとして、その万引き事件が真っ当に捜査されていればその記録が残る。お目こぼしとなっていたら記録は残らない。開示される記録をもとの開示文書(過去5年間の不祥事記録)と突き合わせることで、どの事案が適切に捜査されどの事案が握り潰されたのかがたちどころにわかるわけだ。
もう1点、発表の記録を請求する理由は、文字通り各ケースが適切に公表されているか否かを確認することにある。多くの都道府県では原則、職員の懲戒処分を全件報道発表しているが、この対象となるのは知事部局や教育委員会などの職員で、警察職員のみは全件公表を免れている県がほとんどだ。ではどういう事案が発表の対象になるのかというと、これは中央官庁の警察庁が定める「懲戒処分の発表の指針( →当該ページ)」を参考に決められることになる。公表の方法は、報道機関(記者クラブ加盟社)への発表。指針を恣意的に解釈せず適切に報道発表しているかどうかは、新聞・テレビのニュースを確認すればわかるわけだが、とはいえすべての発表事案がニュースになるとは限らない。発表の有無を正確に把握するには、発表文そのものを開示請求するほかないということになる。
以上のような理由で2種の文書を請求したのが、繰り返しになるが本年3月中旬のことだった。2週間後、県警から筆者のもとに届いたのは開示決定ならぬ「延長通知」。本来ならば3月30日までに開示の可否が決定するところ、それを1カ月半ほど延長して5月15日までとするという。理由は――
・対象文書の特定及び開示・不開示の判断等に相当の時間を要するため。
これはやむを得まい。過去5年間の事案に係る記録となると、特定作業に時間がかかるのも当然だ。請求人である筆者に異存はなく、引き続き決定を待つこととした。
期限まで1週間を残した5月8日付で、ようやく県警の決定通知が届いた。通知は2通あり、1つは「一部開示決定」、もう1つは「不開示(存否応答拒否)決定」。前者は「公表の記録」を開示するという決定で、対象文書は昨年3月23日付の「報道資料」だという。後者は「捜査の記録」を一切開示しない、それどころか存在の有無も答えないという決定だった。(*下が「公文書不開示決定通知書」)
公表の記録が5年間で1件だけというのも不自然だが、これは保存期限が過ぎたため廃棄したという建前が成り立つ。問題は、捜査の記録があるかどうかを一切明かさないという決定だ。「開示しない理由」欄には、次のような説明が記されていた。
鹿児島県情報公開条例(以下「条例」という。)第10条(存否応答拒否)に該当します。
あなたの請求に係る公文書については、その存否を答えること自体が、個人の権利利益を害するおそれ及び、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認められ、条例第7条第1号(個人に関する情報)及び同条第4号(公共の安全等に関する情報)に規定される不開示情報を開示することになるので、存否を答えることはできません。
一読、首を傾げざるを得ない。犯罪捜査の記録がなぜ「個人に関する情報」や「公共の安全等に関する情報」として隠されなければならないのか。一般の県民やほかの公務員が起こした犯罪は、場合によっては当事者の名前や住所、年齢、職業とともに公表され、公文書開示請求を経ずとも新聞・テレビを通じてそれらを確認することができる。当事者が警察官であっても、当然その扱いは変わらないはずだ。むしろ警察官による犯罪こそ積極的に公表されるべきだろう。
通知書にある条例は、県の公式サイトからその全文を確認することができる( →当該ページ )。引き合いに出された条文は、次の2つだ。
第10条 開示請求に対し,当該開示請求に係る公文書が存在しているか否かを答えるだけで,不開示情報を開示することとなるときは,実施機関は,当該公文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができる。
第7条 実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該公文書を開示しなければならない。
7条には先の通知に言う「各号」がいくつか付されてあるが、今回県警が不開示の根拠としたのは1号(個人情報)と4号(公安情報)だ。全文を引用すると相当な長さになり、詳細は県サイトで確認できるためここでは割愛するが、要は文字通り「個人を識別でき、あるいは個人の権利などを害するおそれのある情報」、そして「公共の安全などに支障をきたす可能性がある情報」ということだ。
やはり首を傾けざるを得ない。仮に上の条文を厳密に適用するとしても、当該文書の「一部開示」は充分可能だ。役所お得意の「のり弁」対応で警察官の個人情報や公安情報などを墨塗り処理し、その上で最低限の情報を開示すればよい。実際、今回の一部開示決定で交付された「報道資料」では懲戒免職になった警察官の氏名などに「のり」が貼られ、その上で「弁当」そのものは適切に開示されているのだ。捜査の記録の開示に際しても同じ対応はできるはずで、まして存否応答拒否とする必要などない。事実、ほかの地方の警察は求めに応じて同文書を交付しているのだ。鹿児島県警は、何を隠蔽しようというのか――。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |