都知事への反論|『女帝 小池百合子』の著者・石井妙子氏に聞く

小池百合子東京都知事の欺瞞をあばいた「女帝 小池百合子」の著者・石井妙子氏へのインタビューは、カイロ在住で同書の支えとなる貴重な証言を行った女性・早川玲子(仮名)さんについての質問に移る。石井氏の彼女に対する思いとは……。そして、東京都知事選挙を前に、突然カイロ大の「卒業証書」と「卒業証明書」を公開した小池知事に対する反論へと続く。

石井妙子(いしい たえこ)
1969年神奈川県茅ケ崎市生まれ。白百合女子大学卒、同大学院修士課程修了。
5年にわたる綿密な取材をもとに『おそめ』を発表。伝説的な銀座マダムの生涯を浮き彫りにした同書は高い評価を受け、新潮ドキュメント賞、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補となった。『原節子の真実』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。他の著書に『日本の血脈』(文春文庫)、『満映と私』(岸富美子との共著/文藝春秋)、『日本の天井 時代を変えた「第一号」の女たち』(KADOKAWA)などがある。

■証言者「早川玲子さん」のこと

――『女帝』の核心部分は、小池さんのカイロ留学時代に同居していた女性、早川玲子(仮名)さんの証言です。カイロ大学を、実は卒業していないのではないかという「疑惑」が再燃したのは、『女帝』の中の彼女の証言と、小池氏本人が公表してきた「証拠品」の怪しさを詳しく解説した同書の記述によるものです。ズバリ、彼女の証言について疑いを持ったことはありますか?

石井:もちろんこういう仕事をしていますので、今までも、いろいろな体験をしました。平気で嘘をいう人、あるいは妄想に捉われている人。そういう方から手紙が来て、証言したいので会いたいと言われることもあります。ですが、私も編集者もそのへんはかなり場数を踏んでいますし、慎重です。早川さんに関して言えば、そういった疑いを持ったことはなかったですね。

――疑いを持たなかった理由について、お聞かせ下さい。

石井:まず、同居女性がいた、ということは事実として知っていたわけで、私も早川さんのことを探していました。早川さんの存在を小池都知事が必死で隠そうとしていることも知っていた。ですから、まず、早川さんと小池氏が同居していたという事実を疑うということはないです。「ああ、よく自分から出てきてくださった」と早川さんからの手紙を頂いた時、思いました。また、手紙の文面が非常にしっかりしていた。書体も、文章も論理的で書き手の知性を感じさせるものでした。

その後、お会いしたわけですが、手紙の印象どおりの方で誠実で知的な印象を強く受けました。また証拠品もすぐに見せて下さった。早川さんは、とても几帳面な方で、とにかく筆まめ。非常に細かく記録を残している。当時、日本にいる母親に宛てて手紙を頻繁に書き送っていたのですが、多い時は週に二通ぐらい出しています。一例ですが、早川さんの「日本に帰国した時、小池さんは写真入りで日本の新聞に紹介された。その記事をカイロに持ち帰ってきた。内容はこういう感じで、小池さんの顔写真が載っていて」という証言を受け、私は国会図書館に籠り、該当する新聞を探したのですが、早川さんが言ったとおりの記事を見つけ出すことができました。きちんと証言の裏付けが取れる。これまで早川さんが証言をためらってこられたのは、こんなことを言っても信じてもらえないのではないか、それどころか「変なことを言う人」として世間から見られてしまうのではないか、嫌がらせを受けたり、怖い目に合ったりするのではないか、といった恐怖心があったからです。

他のケースでもそうですが、真実を言おうとする人には過度なプレッシャーがかかります。その結果、真実が闇に葬られてしまう。「黙っていよう」「長いものには巻かれよう」となってしまう。内部告発した人が酷い目にあったりする。早川さんは、本当に勇気のある方です。

――彼女は、いまでも同じ話をしてくれるでしょうか?

石井:もちろんです。ですが、記者会見やメディアへの露出は望んでいません。小池さんの秘密を知っている、ということで非常に恐怖感を持ってカイロで生きて来られた。残りの人生は静かに、穏やかに暮らしたいと強く願っておられます。自分は言うべきことは言った、それが私の著作『女帝 小池百合子』となって世に問われたことに満足していらっしゃいます。早川さんはすべてを語ったわけです。すべてを語り、証拠品もすべて私に預けた。肩の荷を下ろしたかったのです。これ以上、早川さんに精神的な負担をかけたくありませんし、彼女を守りたい。

だいたい、この告白を受けて発言すべきは小池氏ではないでしょうか。彼女は都議会でもこの話題を避け続けている。卒業証書も二年間提出を求められながら、拒み続け、早川玲子さんとカイロで同居していたことは事実か、と都議に問われても、「寮に入ったりルームシェアをしたりしてました」とまったく問いに対する答えになっていない発言をしました。大手メディアは、なぜ小池氏をもっと追及しないのでしょうか。なぜ、『女帝』を無視し続けるのでしょうか。

もともと、早川さんは某大手新聞社に告発の手紙を送ったんです。でも、まったく返事がなかったそうです。それで私に連絡を下さったんです。大手メディアは記者クラブ制度に守られ、大変な特権を得ています。しかし、その特権に胡坐をかき、真実を国民に知らせるという本来の義務を放棄してしまっていると感じます。

『女帝 小池百合子』の著者とインタビュアーの調所氏

■公表された「卒業証書」と「卒業証明書」への反論

――小池氏は、都知事選を前にしてカイロ大の「卒業証書」と「卒業証明書」を改めて公表しました。この2点について、どこがおかしいのか解説していただけますか?

石井:著作にも書きましたが、たくさんあります。小池氏は2016年の都知事選に出た時、学歴詐称疑惑を払しょくするために民放のテレビ局で、一瞬ですが「卒業証書」と「卒業証明書」を公開しました。私はそのテレビ画面の静止画像を写真で撮ったものを資料として見るしかありませんでした。でも、画像が粗いわけです。画像が粗くて、読み間違えてしまうかもしれない。正確な検証をしたかったので、小池氏に何度も現物かコピーを見せてくれと申し入れたのですが、断られました。都議会でも、彼女は「卒業証書」「卒業証明書」の提出を拒み続けた。ところが『女帝 小池百合子』が出されて、学歴詐称疑惑が再熱し、どうにかしなくてはいけないと思ったのでしょう。突然、前触れもなく公開に踏み切りました。告示日が迫る中で。

初めて複数のメディアに公開され、撮影が許されたわけですが、その結果、原本そのものがおかしいということがよくわかりました。学籍番号はありませんし、教授たちのサインは判読不能なほど薄かったり、記載がなかったりする。割り印として押されたスタンプは不自然に歪んでいる、小池氏は女性なのに男性形で書かれている。

また、「10月の試験の結果、カイロ大学は12月29日に学位を授与すると決定した」と原本にもありますが、試験を受けたとされる10月、小池氏は日本に一時帰国しています。しかも、その際、日本の新聞社のインタビューを受けて「9月に卒業した」と語っている。他にもいろいろとありますが、詳しくは『女帝 小池百合子』を読んで頂けたら。

――小池氏に救いの手を差しのべるように、カイロ大が「声明」を発表しました。このことについて、どう見ておられますか?

石井:それはこれからきちんと検証すべき問題だと思っています。この「声明」が出された背景、経緯など、まだまったくわかっていません。本当にカイロ大学が出したものなのか、もし、そうだとしたら、どういう意図で出されたものなのかも含めて、きちんと検証しなくては事実が見えてこないでしょう。

この不可解な「声明」の中で、「カイロ大学は小池百合子氏が1976年十月、文学部社会学科を卒業したことを証明する」、「(彼女が所有する)『卒業証書」は本学の正式な手続きにより発行された』、「(小池氏の卒業に疑義を示す者に対しては)エジプト法令に則り適切な対応策を講じることを検討している」、といった文言が綴られていました。この「声明」が出されて早川さんがどんなに恐ろしく思っているか。私は心配になり連絡を取りました。すると早川さんに、「すべてをお話できて、私は肩の荷がおりました。もう、いつ自分の人生が終わってもいいと思っています」と言われ、逆に「日本の行く末を心配しています」と嘆かれてしまいました。「私の知っている日本や日本人は正直で、嘘を嫌う社会だった。しかし、今は為政者の嘘がまかり通る社会になったんでしょうか。メディアが為政者の嘘を暴けなくなってしまっているのでしょうか。いつから、そんな日本になってしまったんでしょうか」と。

「声明」が出た数日後に、小池さんは2年間、都議会で提出を求められながら、拒み続けてきた「卒業証書」をようやく公開しましたが、こうした流れは予想されたことで、『女帝』の読者の多くはこの展開を驚かなかったようですが、最後の判断は読者に委ねたいと思っています。

■次に描くのは……

――小池氏の震災被害者に対する対応や、築地市場関係者への仕打ちに関する記述は大変興味深いものでした。カイロ時代のことについての「嘘」と並び、小池百合子という人物の本質がよく出ています。本書に書かれていない、他のエピソードがあると思うのですが?

石井:テレビに映っている時と、カメラのないところで、まったくガラリと変わってしまう。そういう話は数多く聞きました。途端に口調や態度が変わってしまう。ですが、最近ではカメラが回っていても、急に機嫌が悪くなったり、激変してしまうことが多くなった。

都知事記者会見も生中継を見ているとよくわかります。痛いとことを突かれる質問をされると、突然、つっけんどんになったり、質問者が話しているのに、机の上の書類を片付け出して、バンバンと音を立てて、机に叩きつけたり。しかし、通常のテレビでは、こういうシーンはカットして放映する。ネットの生中継を見れば、よくわかります。

小池氏に限らず、テレビで顔の売れた人を政治家や知事として選ぶ傾向が強くなっていますが、テレビ受けする容姿や饒舌さに惑わされず、人物の本質を見極めなければ大きな禍根を残すと思います。「小池百合子」は小池氏ひとりではない。現代社会に見られる、ひとつの現象です。

――小池氏を描く著作の、第二弾はあるでしょうか?

石井:特に予定はしていないのですが、書き終えてから知った事実も数多く、これらの情報をどうするべきか今、考えているところです。

――石井さんが次に描くのは、誰の人生ですか?

石井:これまで一貫して人物評伝を手がけてきましたが、取り上げるべき意味のある人物を書く、という姿勢はずっと持ち続けていたい。私は取材時間が長くかかるタイプなので、これからもじっくりと取り組んでいけたらと思っています。

ノンフィクションは売れない、本が売れない、と言われて久しいのですが、今回、多くの方が『女帝』をお求めくださって、本当に感謝しています。

本が売れないと、作者も出版社も、次の本を出せなくなってしまうのです。ノンフィクション作品は取材に大変お金も時間もかかります。購入して頂けると、それによってノンフィクションの灯が消されずに済みます。出版は読者によって支えられています。読者に幾重にも感謝申し上げます。

――次の作品を楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。
【インタビュアー】調所一郎
昭和35(1960)年生まれ。母方は内務官僚一家、父方はマスコミ(電通、読売テレビ)一家という環境で育つ。慶應義塾大学経済学部卒。民間シンクタンク大樹総研(たいじゅそうけん)執行役員等を経て現在はコンサル会社スプラウトグループ取締役。著書に薩摩拵(さつまこしらえ)(里文出版)、永久国債の研究(光文社・財務官僚らと共著)、刀と日本語(里文出版)がある。
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