震災発生、その時馳浩石川県知事は・・・

元日の午後、石川県珠洲市を震源とする震度7の大地震が襲った。日本海沿岸には大津波警報まで発令され、被災は新潟県、富山県などにも拡大。列島の正月ムードは一気に吹き飛んだ。

そうした中、慌てて東京から地元の石川県に戻ろうとしていたのが馳浩石川県知事だった。

■「東京の自宅」に居た石川県知事

「新年からやらかしたよね」と話すのは、石川県の幹部。馳知事は東京の自宅に帰省し、地元にはいなかった。馳知事のX(旧ツイッター)のタイムラインを追っていくと様子がよくわかる。

1月1日午後4時56分—《まだ余震も続いています。必ず高い所まで逃げてください。沿岸部でない方も今すぐ避難を》— これはおそらく、テレビのニュースを見て呼びかけていただけだろう。

午後6時25分の投稿でようやく、東京にいることを明かし―《私は地元に帰る途中でしたが、地震により飛行機も新幹線も止まったため、すぐに岸田総理や林官房長官に連絡を取り、官邸へ移動。現在官邸において、石川県庁にいる副知事と連絡を取りながら対応しています》と投稿していた。

 官邸で記者に囲まれた知事は、記者たちの取材に次のように語った。
「私は帰省中でありました。テレビを見て、飛行機、新幹線で帰る途中だったんですがどちらも止まっており(岸田)総理、林官房長官とすぐに連絡をとってひとまず官邸に来て状況確認。政府の皆様にもお願いし、副知事も県庁に入っておりますので、官邸から副知事と連絡をとりあおうと思っている。津波の警報も出ており、震度6強と聞いており、官房長官と情報を共有しようと思う」

なぜ、馳知事は東京に帰省していたのか?石川県在住ではないのか?だれもが疑問を抱くはずだ。地元の自民党県議も、馳知事の姿勢に首をかしげる。
「馳知事は衆議院議員時代から金沢市には単身赴任です。ずっと家族は東京のはず。正月だから東京でのんびりと過ごしていたようです。議員時代はそれでいいのかもしれないが、知事には代わりがいません。天皇陛下の新年祝賀の儀に出席していたなら仕方がありませんが、それでも午前10時くらいに皇居に入り昼前には終わっている。すぐに石川県に帰ればまだ地震は起こっていませんでした」

2016年、馳知事は自身のブログに、衆議院議員として新年祝賀の儀に参加した様子をこう綴っている

≪10時45分、皇居参内。11時00分、新年祝賀の儀。拝謁。11時30分、終了》

ちなみに、現在和歌山県知事の岸本周平氏が、衆議院議員時代の2015年にブルグに記した内容は次のようなもの。地元を大切にする姿勢は、馳氏のそれとは大違いだった。

≪現職になってからは、地元和歌山で、大晦日のギリギリまで街頭演説。その日のうちに、上京し、元旦には皇居に参内。とんぼ返りで、和歌山に戻り、2日、3日の2日間は紀伊の国一宮の日前宮の門前に立って、新年のごあいさつをしています》

■キックバック疑惑の最中

岸田文雄首相は1月1日の深夜に取材に応じ、「明日9時から会議を開き、それらの情報をもとに対応を決める」という趣旨の話をした。だが、北陸地方は東京とは違い、想像を絶する寒さである。すぐに自衛隊出動を要請し、夜を徹して被害状況、生存者の確認をしないと命にかかわる。周知の通り日本は、阪神大震災や東日本大震災など未曾有の災害に何度も襲われてきた。今回、最も被害が大きいのは冬の寒さが厳しい石川県。明るくなってからでは、遅いのである。

そもそも肝心の地元トップである馳知事の対応がなっていない。夜11時15分になって、《自衛隊ヘリコプターで金沢駐屯地に到着し、県庁へ向かっています。到着後、県災害対策本部会議を行います。人命救助最優先で取り組みます》と投稿。県庁に到着し、対応の協議をはじめたのは日付がかわってのことだった。初動の遅さに呆れるばかりだ。

報道でも馳知事が自衛隊機で石川県に戻り、視察を開始したのは2日から。馳知事の政治姿勢については何度も報じてきたが(既報1既報2)、この人の辞書に「反省」や「危機管理」という言葉はないらしい。

馳知事は衆議院議員時代、安倍派の所属だった。知事になるまでは、派閥のパーティー券のキックバックを受け取っていた可能性がある。

2014年5月23日の馳知事のブログには、《17時10分、東京プリンスホテル 鳳凰の間 清和会パーティ、お出迎え立礼。ご来場の皆様に、パーティ券購入の御礼。5,500人のご来場、ありがとうございます》と記されており、派閥のパーティー券を売りさばいていたことが分かる。

ある自民党幹部が、声を潜めてこうはなす。
「東京へ帰らなくても家族を石川県に呼べばいいだけ。東京地検特捜部はいずれ安倍派でキックバックを受け取った議員を全員を呼ぶだろう。馳知事は大臣経験者でもあり、パーティー券のノルマは多かったはず。ノルマぎりぎりなんてことはなく、キックバックをもらっていた可能性がある。今は知事であっても馳知事も特捜部のターゲットになり得る。ひょっとして馳知事は、特捜部への対応のため、どうしても東京でさまざまな情報収集が必要だったのではないか」

特捜部による捜査の最中に地元石川を揺るがす大震災――。馳知事は乗り切ることができるのか?

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