【江差看護学院問題】教員間のパワハラも常態化か|自殺訴訟の記録に被害教員の証言

北海道立江差高等看護学院のパワーハラスメントで最悪の被害といえる、在学生の自殺事件。遺族が起こした裁判で、原告側の求めに応じて被告・北海道が提出した証拠に重要な証言が多数採録されていたことは過日の配信で伝えたところだが(既報)、それらの中には学生ならぬ教員の立場で職場のパワハラ被害を打ち明ける声も含まれていた。自殺事案とは直接かかわりのない問題ではあるものの、それらの証言は当時の学院内部の異常さを物語る重要な告発であるといえる。記録閲覧を機に、現時点で裁判所に赴かない限り確認できない証言の数々をできる限り再現しておきたい。

◆   ◆   ◆

現在閲覧可能な書証によると、教員間のパワハラを語り得る証言者は2人いる。最初に登場願うのは、学院内の健康管理を担当する立場で学生とかかわりがあったという講師。自殺問題を調べた道の第三者調査委員会は一昨年1月20日午前、札幌市内のホテル会議室でその人の声に耳を傾けていた。教員間のハラスメントについての発言はごく自然に、当たり前の前提事実のように登場することになる。

《私自身もパワハラをずっとされていたので、精神的にも病んで、何回か休んだりもしたのですけれど。だから、学生達とは、一緒に卒業しようねと言って、卒業するまで先生いてねと、話しながらやってきたという感じで》

学生と支え合いながらパワハラ被害を乗り越えてきたという講師。いうまでもなく、同僚たる教員たちは何の支えにもならなかった。

《先生に支えられたという記憶は、4年いましたけれども一つも無く、学生に支えられて、我慢して4年間やってきたと言う感じなので》

ほかの教員もハラスメントを受けていなかったか、の問いには、こう即答が返されることになる。

《いますね。辞めましたね》

自身の被害を語るくだりは具体的で生々しく、匂うようにその陰湿さが再現されていた。一部を、以下に採録する(※ 伏字は書証ママ、以下同)。

《頭の先から足の先までじゃないですけれど、入学式のスーツは何色だ、ネックレスをするのでも偽物は駄目だ、本物でも何センチと決まっている、色がどうの、コサージュがどうの、これがついてないとどうの、ありとあらゆる、すごい、毎日髪型の果てから、そんな髪型は何十年前の髪型だの、何をしに行くのだとか、給料泥棒だの、「優雅に勉強していて良いね」みたいに言われてみたり、本当にきりがないです。毎日毎日言われて、毎日といっても一日一回では済まないのですけれど。だから、■■先生と■■先生がちょうど相反する感じなので。■■先生はやれと言うし、■■先生はやるなと言うし。その間で挟まれてどうすれば良いの、みたいな感じの》

こうした証言の背中を押したのは、2021年春に被害告発に立ち上がった当時の学生や保護者らの声だったという。

《自分も辛い目に遭ったので、学生のために思ったことはきちんと言いたいと思っていたので、良い機会だったと思います。私もパワハラを受けて、看護教員の免許の研修も行かされないという状況が4年間続いていて、それで元に戻りたいということで、転勤の願いを出したりしているんですけど、それも叶わず、研修も行かしてもらえないという状況。環境が少しでも変わればと今思っていて、4年間我慢してきたんですけれど、今後、いろんな経験もさせていただいたので、どんどん声を出して、環境を変えていきたいと思います》

1カ月ほど遡る2022年12月2日午前、同じホテル会議室で別の元教員が第三者委の聴取を受けていた。頻出する「僕」の一人称から、発言者が男性であることが窺える。聴取の場では、のっけから教員間のハラスメントが話題になった。

《平成28年か29年度にですね、大分教務室の中で、大分、うまく言えないですけど、すごいハラスメントを受ける結果になり、出たんですよ》

この「大分」「出た」というのは、「多くの教員が辞めた」ということを意味する。その中で、証言者たる元教員は7年間その職場に勤務し続けた。委員らに「なぜ頑張れたのか」と問われたその人のいわく――、

《うつの薬飲みながら、毎日、どうやって、毎朝もう靴が履けなくて、学校行ったら大変なことになるんで。それで、もう怒鳴られるし、それこそ、副学院長に怒鳴られるし》

壮絶な7年間だったことが察せられる告白。江差のハラスメントは、着任前から道庁内では「有名な話」だったという。

《着任した時には、■■先生っていう先生が、もう罵倒されてたので、教務室の中で。「わあ、俺もこうなるんだな」って思って。結局案の定、その年の秋ぐらいにそういうのが僕に移ってきたんで。薬飲みながら、毎日どうやって死ぬかなって思いながら、何とか通勤して、トイレで吐いてみたいな》

職場には、パワハラ体質への疑問を隠さない同僚もいた。そういう教員が道への告発を試みる動きもあったという。

《実際に、人事調書に、教務室内のパワハラがひどすぎると書いて、僕の名前も書いているらしいんです。で、人事調書にそういうふうに書いて本庁の方にあげているはずです》

こうした通報を「本庁」がどう受け止めたのかは定かでない。ただ、結果的に多くの学生らが告発の声を上げる2021年春までハラスメントが続いていたということは、即ちそれ以前の内部通報はすべて握り潰されていた可能性が高い。

言わずもがな、江差の現場においておや。学生へのハラスメントを見かねた教員が副学院長ら関与教員たちにそれを指摘するなど、もってのほかといえた。そもそも加害者たちには加害の自覚がないようだったという。

《その学生をめちゃめちゃ不合理に指導してる先生は、自分は良心的な教員だと思っているからです》

《学生たちがそういうのをターゲットと言いますけども、僕は心の中では思っていても、それを教務室や教務会議の中で口に出すことは一切ないです。じゃないと、僕、死んじゃうから》

ターゲットになった学生が単位をとるため再履修届や再試験願いといった書類を提出しても、パワハラ教員は「忙しい」などと理由をつけて受領を拒否するのが日常だった。学生を留年させたくなかった元教員がこっそり代理で書類を受け取り、科目担任へ提出することがしばしばあった。すると、どうなるか。

《当然僕怒られますよね、何余計なことしてくれてるんだって。ですけど、僕が受け取らないと、学生留年決まっちゃうんで、そこは僕が怒られてもしょうがないって思うんです。で、その後、げえってトイレで吐きますけど。そういう学生が何人かいて、最後はそういう子を救ってあげられてよかったと、今は思うんですけど》

教員としての生活を学生に支えてもらったという思いは、先の講師と通じるところがあるようだ。聴取の締めくくり、元教員はおもむろにこう切り出す。

《たぶん教育の現場へ帰ることはないと思います。なんか、江差のことがあって、怖くて戻れないです》

ただそれは、飽くまで教務室での話。

《黒歴史っていう言葉がありますよね。でも、学生と教室の中で過ごしたりとか、いつも一緒に学生と一緒に過ごしたことについては、なんら後悔はなくて、その学生からいろいろ教えてもらったなあっていうふうに思っているし、それこそ、学生が、他の教員にめちゃくちゃ怒られて泣いているのを見て、なんかね、図書室前で一緒に泣いたりみたいな、とか。それでも何かそういう学生と話している場面を他の先生に見られて、僕がこっぴどく怒られてみたいなことはありましたけど》

《教員ができたことについては、何も、後悔はなくて、なんか、それはそれでよかった、僕にとって意味があることだったんだなあと思います》

そう語る元教員は、こうつけ加えることを忘れていない。

《教務室の中での環境を除けば》

成人男性を「どうやって死ぬか」と思い詰めるまでに追い込む壮絶なパワハラ。その刃が未成年の学生に向けられた時の精神的負荷は、想像するにあまりある。実際にそれで命を落とした学生がいるにも関わらず、学院ではその後もハラスメントが絶えなかった。

亡くなった学生の遺族が学院設置者の北海道を訴えた裁判、次回日程は引き続き非公開となり、7月9日に函館地裁で弁論準備手続きが行なわれる予定だ。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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