冤罪つくった北海道警・違法捜査の一部始終|怒りの被害者が提訴 

北海道・帯広の裁判所で、冤罪被害者が警察の不当捜査を訴えた裁判が佳境を迎えている。原告の男性は身に憶えのない容疑で複数の警察官に長時間つきまとわれ、無断で顔を撮影されたり無理やりタクシーに乗り込まれたりしたといい、捜査にあたった警察官らに謝罪や賠償を求めている。

■突然の逮捕から無罪確定まで2年半

昨年9月に北海道警察を訴える裁判を起こしたのは、帯広市に住む男性(34)。市内の大学院に籍を置いていた2016年11月に突然逮捕され、“無実の罪”で理不尽な捜査を受けた。当時の容疑は、脅迫罪。前々年の14年暮れ、十勝地方の中心・帯広から150kmほど離れた道東の北見市の政党事務所へ脅迫状を送りつけたとされていた。

当初から潔白を主張していた男性は、地元弁護士の助言で捜査機関の取り調べに黙秘を貫き、北見警察署から釧路地方検察庁北見支部へ送検された後、20日間の勾留を経て釈放された。ところが地検支部は釈放翌年の17年12月、突如として事件を蒸し返して男性を起訴、いったん容疑が晴れたはずの男性は刑事被告人となり、釧路地裁北見支部で1年以上にわたって公判を闘うことになる。
*下は起訴状を読む被害男性

だがこの起訴には、当初から無理があり過ぎた。政党事務所に送られた脅迫文は男性の通う大学院の研究室で作られたとされているが、印刷に使われたインクは男性のプリンターのインクと一致していなかった。検察は研究室のほかの学生のパソコンの記録を開示しようとせず、また入退室の記録も黙殺しようとしていた。さらには、あきらかに男性の無実を語っている最重要の事実までをも隠していたことがわかった。

地検支部が懲役10カ月を求刑した18年10月の論告公判で、被告男性はストレートにその「事実」を指摘、裁判官の大きな関心を招くことになる。当時の陳述を、以下に再現しておく(固有名詞の伏字は筆者)。

なぜ■■のパソコンから脅迫文と同様の文字列が検出されるのでしょうか。私は警察でも検察でもなく、無責任に犯人の名前を挙げるようなことはしたくないのですが、たいへん疑問に思います》――なんと、別の人物のパソコンから脅迫文と同じ文言がみつかっていたのだ。

この陳述を受け、検察は異例の“論告のやり直し”を余儀なくされた。翌19年2月に言い渡された地裁支部判決は、当然ながら無罪。当時の裁判官は判決文の要所要所で杜撰な捜査を厳しく批難、脅迫の容疑について「検察官の主張だけでも合理的な疑いが残る」と斬り捨てた。さらには先述の「別の人物」による犯行の可能性にまで踏み込み、被告男性の潔白を強調している。

検察の控訴断念により、19年3月に男性の無罪が確定。ようやく容疑が晴れた時には、突然の逮捕から2年半ほどが過ぎていた。

■不当捜査の一部始終

無実を認められた男性は、冤罪被害そのものへの憤りに加え、それ以上に許せないことがあるという。北見署の警察官らによる不当捜査だ。同署刑事一課の捜査員らは、令状なしに2時間ほども男性につきまとい続けて“任意”の取り調べを強行したのだ。
その日の朝、アパートを出ると、駐車場で見憶えのない男たちが声をかけてきました。大学に行くつもりだったんですが、彼らがずっと道を塞いで先へ行かせてくれない。仕方なく少し遠回りになる道に入ると、そこからずっと取り囲むようにあとをつけてくるんです」(原告の男性)

当初2人だった警察官は途中から人数を増やし、3人で男性につきまとい続けた。公然の尾行は2時間ほど、約10kmにわたって続き、その間に警察官の1人が突然、男性の前に回り込んで無断で顔写真を撮影した。

辟易した男性が空車のタクシーをみつけて乗り込むと、3人も無理やり乗り込んできた。
やめてくれと言っても『それはできない』と、強引に私を後部座席の奥のほうへ押し込み、1人は助手席に回って運転手さんに警察手帳を見せました」(同前)

地元の弁護士会館までのタクシー運賃は、男性が負担した。会館に避難した男性はそこで弁護士会の会員名簿を見せて貰い、帯広中心部に事務所を構える弁護士の1人に連絡。別のタクシーを呼んで同事務所まで移動した。

この時のタクシーには誰にも乗り込まれずに済んだが、弁護士事務所を出たところで警察官たちが待ち構えていた。任意捜査の名目で市内の十勝機動警察隊庁舎へ同行、日付が変わるまで取り調べを受け、ポリグラフ検査なども強要されたという。

あくる朝、同じ庁舎で引き続き調べを受けた男性は、その夜に逮捕され、そのまま北見署へ身柄を移された。のちの送検、検事調べを経て釈放に到った経緯は、すでに述べた通りだ。

■謝罪拒む北海道警

長時間のつきまといや無断撮影、無賃乗車などについて、警察は今も男性に謝罪していない。タクシー運賃の弁済もなされていない。これらの対応に納得できない男性は昨年9月、不当捜査による精神的苦痛への賠償を求めて道警を訴える裁判を釧路地裁帯広支部に起こした。初公判後、5回にわたって非公開の弁論準備手続きが続いていた裁判は本年11月、当時の警察官の証人尋問を迎え、原告の男性は法廷で改めて彼らと顔を合わせることになる。

地裁帯広支部(新海寿加子裁判長)で尋問に立った警察官は2人。ともに現職で、今は札幌方面の警察署などに勤務している。その彼らは法廷でも不当捜査を否定し続け、男性の怒りに油を注ぐことになった。

タクシーに駈け寄って『話は終わってない、ついて行くよ』と伝えたら、原告が『いいですよ』と言ったので、同乗しました」(警察官)

タクシー同乗は、飽くまで男性の許可を得た行為だったという主張。一方、無断撮影についてはやや異なる言い分を持ち出している。法廷での発言を要約すると「事前に撮影を告知し、『無言のままだと承諾したことになる』と伝えたところ、無言だったので『承諾した』と判断した」という主張だ。原告男性の代理人が反対尋問でこの違いを引き合いに出すと、警察官らは途端に口ごもってしまった。

原告代理人:なぜ3人でタクシーに?
警察官:その場に3人いたからです。

原告代理人:なりゆきで?
警察官:捜査に従事していたので。

原告代理人:写真を撮る時、原告は無言だった。タクシーの時だけ、わざわざ『いいですよ』と。おかしくないですか?
警察官:……いえ。

原告代理人:途中で態度が変わった?
警察官:いえ。

原告代理人:迎合的になってたとか?
警察官:……私にはわかりません。

続いて証言台に立った原告男性は警察官らの主張を改めて否定、「いいですよ」の発言は「絶対に言っていない」と断言し、「むしろ『乗り込まないでください』と伝えた」と明かした。

被告代理人による反対尋問は「どちらの足からタクシーに乗り込んだか」「警察官に背中を押された時の体勢は」など、本題から大きく離れた話題に終始し、意図不明の枝葉末節にわたる質問が執拗に繰り返された。

尋問を終えた男性は、警察官らの語りに「よく口裏合わせをしたものだと思う」と呆れ、彼らの証言の変遷を指摘した。
刑事裁判の時は、彼らはタクシーに乗り込んだ人数すら憶えていなかったんです。それが、1年以上経った今になって『3人』と思い出し、各自の座席の位置まで憶えてると言ってきた。ずいぶん珍しい記憶力ですね、と言うしかありません。無断撮影の時も、今回出てきたような告知なんかなくて、いきなり前に回り込んで勝手に撮り始めたんです。『無言のままだと承諾』うんぬんの発言とか、ほんとに都合よくストーリーをつくってきたもんだと思います

無実の罪での逮捕から4年あまりを経て、男性の怒りはまだまだ治まりそうにない。冤罪被害に拍車をかけた不当捜査の違法性を問う裁判は、来年2月に結審、早ければ年度内に判決を迎えることになる。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 

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