昨年夏に札幌市で起きた「首相演説ヤジ排除事件」で21日午後、排除被害者が北海道警察を訴えた裁判の6回目の口頭弁論が札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長)で開かれ、被告の道警がまたしても原告や傍聴人らを呆れさせる主張を展開した。
■失笑に包まれた傍聴席
提訴当時から警察官職務執行法を排除の根拠としていた道警は、この日の弁論までに排除場面を記録した動画を証拠提出していたが、法廷で上映された動画は原告が提出した証拠映像の一部を加工したもので、上映中は傍聴席が失笑に包まれることになった。
道警は昨年7月、JR札幌駅前で安倍晋三・前総理大臣に「安倍やめろ」などと叫んだ札幌市の大杉雅栄さん(32)の身体や衣服を掴み、演説現場から実力で排除した。裁判では、最初のヤジの直後に大杉さんを排除した行為を警職法4条の「避難」措置だったと主張。現場にいた聴衆の1人が大杉さんの左肩を強く押したため、トラブルを避ける目的でその場から避難させたという理屈だった。
21日の弁論では、その主張を裏づけるという動画が上映されたが、法廷に流れたのは道警オリジナルの映像ではなく、原告が証拠提出した動画の一部を拡大してスローモーション加工したもの(下の画像参照)。映像には道警の言うように、たしかに大杉さんの左肩に延びる手が写り込む瞬間がある。だがその手が肩に触れたのはほんの数秒間で、そこから警職法に言う「避難」措置が必要なほどの危険を読み取ることは難しい。問題の場面が上映された瞬間、地裁の傍聴席ではあちこちから失笑が起こり、笑いを堪えきれず噴き出す傍聴人もいた。
■実際に触れたのは…
弁論後の報告集会で、原告の大杉さんは「肩を押された記憶はまったくない」と明かしている――「警察官に後ろからガッと掴みかかられ、とても横から押されてるかどうかなんて気づかない状況でした」――つまり当事者にとっては、警察官の行為こそが危険だったわけだ。映像を確認した訴訟代理人らは「そもそもあの手が本当に『聴衆』の手だったかどうかはわからない」と指摘しており、実際には警察官の手だった可能性さえある。
原告側は今回、排除の現場を目撃した市民3人の陳述書を新たに証拠提出した。代理人らによると、いずれの証言者も排除事件の報道に触れて自ら名乗り出てくれたといい、次回弁論までにさらに1人の陳述書を追加提出する用意があるという。原告の大杉さんは「毎日のように政府の不祥事が続き、国民は個々のケースをどんどん忘れていく。1つの問題に長く関心を持ち続けてもらうのは大変だが、職場の有給休暇が続く限り裁判には出続けたい」と話し、「失った休暇も道警に賠償してもらいたいほどだ」とつけ加えた。
次回、第7回弁論は来年2月24日午後、札幌地裁で開かれる。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 北方ジャーナル→こちらから |