「お前が盗んだんだ!」 で善意の拾得者が窃盗犯に|冤罪被害者が怒りの告発

「謝罪がないなら、裁判でも何でもやるしかないと思ってます」――怒りに声を震わせるのは、札幌市で左官工事業を営む男性(84)。昨年11月、自宅近くのコンビニエンスストアで拾ったお金を届けようとしたところ、地元警察に窃盗の疑いをかけられた。任意聴取で意に沿わぬ自白を求められ、指紋採取や写真撮影まで強要されたという男性は今年2月、報道機関に顔を晒して警察の不当捜査を告発した。

■「お前が盗んだんだ!」

男性が身に覚えのない罪を咎められたのは、昨年11月26日午後。自宅に近い札幌市中央区のコンビニを訪ね、店内のATMで銀行口座に入金した直後、床に一万円札が落ちていることに気づいた。落とし主がわからなかったため、男性は紙幣を手にいったん退店、自宅と市内豊平区で急ぎの用事を済ませ、同じ日の夕刻にコンビニへ戻った。
「そこで店員さんにお金を預けておけばよかったんですが、お店がかなり混雑して忙しそうだったので、これは自分で警察に届け出たほうが早いだろうと」

最寄りの北海道警札幌南警察署は、コンビニから車で5分ほどの距離にある。すぐに同署へ向かおうと店を出た男性は、そこで制服の女性に呼び止められた。店の駐車場には、警察官が3、4人ほど待機していたという。女性警察官に「今日この店に来ませんでしたか」と問われた男性は「2時ごろ来ています」と答え、さらに「ATMの近くでお金を拾いませんでしたか」と尋ねられて「一万円を拾いました」と返した。

すると突然、近くにいた男性警察官が「お前はその金を盗んだんだ!」と怒鳴り声を上げた。当時の驚きを、男性はこう振り返る。
「孫ぐらいの歳の人に、いきなり泥棒呼ばわりですよ。落とし物を横領すると罪になることぐらい、私だって知っている。それを『盗んだ』なんて言われたら、たまったもんじゃありません」

落ちていた物を拾っても盗んだことにはならないだろう――。男性がそう反論すると、警察官らは「そうじゃない考え方もある」と嘯いた。店の前での押し問答は40分間ほど続き、いつのまにか警察官は10人ほどに増えていた。糖尿病と腰痛を抱える男性が外の寒さに耐えきれなくなり「暖かい所へ場所を移してくれ」と頼んだ結果、引き続き札幌南署内で任意聴取を受けることになった。

■体調無視で自白強要

署内での聴取は、3時間ほどに及んだという。糖尿治療中の男性は、決まった時間に食事を摂らないと低血糖症状を起こすおそれがあった。だが警察はその訴えを聴き入れず、署まで迎えに来た妻を待たせたまま午後9時過ぎまで聴取を続けた。取調官は紙を差し出し、自筆で「盗みました」と書くよう男性に強要、書かない限り署から出すことはできないと告げた。

男性は「あんなにカメラがたくさんある所で泥棒するような馬鹿はいない」と抵抗したが、警察官らは「書いてくれないと終わらないから」と繰り返すばかり。疲労困憊した男性は、心中「これでは警察の自作自演じゃないか」と呆れつつ、帰宅したい一心でペンを執るしかなかったという。「金を返すつもりはあるか」と問われた時には、憮然として「最初から返す気でしたよ」と答えた。

翌日午前、男性が一万円札を手に署を再訪すると、警察官らは理由も言わずに「写真撮影と指紋採取をする」と告げてきた。驚いた男性が「なぜそんなことが必要なのか」と訊くと、「とにかく必要なんだ」と警察官。もはや抵抗するすべもなく、男性はされるがままに顔写真を撮影され、指紋を採られた。その後、一万円の落とし主に紙幣を返す際には「一切、相手と会話をしてはならない」と命じられたという。

拾ったお金は無事に落とし主のもとに戻ったが、男性の釈然としない思いは膨らむばかり。一連の対応にどうしても納得できなかった男性は1週間後、札幌南署宛てに抗議の手紙を書いた。これを受けた同署は12月17日に男性を三たび呼び出し、謝罪を拒否した上で「本件は飽くまで窃盗である」と強調したという。

■身元分かって態度一変

男性の怒りは収まらず、年明けの1月21日には改めて代理人名で南署に通知書を送付、窃盗を疑った理由や写真撮影・指紋採取の法的根拠、捜査に使ったカメラ映像などの開示を求めた。回答には2週間の期限を設けたが、南署はこれを黙殺、2月上旬になっても対応の兆しはみられなかったという。「このままでは済まされない」と、男性が告発会見に臨んだのは2月19日午後のこと。地元報道関係者を前に不当捜査を訴えた場では、国家賠償請求訴訟の提起や刑事告訴も辞さない考えを明かしている。

「警察は引っ込みがつかなくなっているのでは」と、男性は推し量る。最初に警察官に声をかけられた時、職業を問われた男性は「いろいろ説明するのがめんどくさい」との思いで「無職」と答えていた。実際には多くの職人を抱える左官工事会社の会長で、自身も現場をよく知るベテラン職人の1人。北海道左官業組合連合会の役員を務めるなど業界内の信用も大きく、近年は道議会庁舎や新千歳空港ビルなどの工事で一部施工を請け負っている。拾った一万円札を横領するほど生活に困っていないのは言うまでもなく、もともと「曲がったことが大嫌い」の職人気質。そもそも、拾ったお金をわざわざコンビニへ返しに行ったにもかかわらず「泥棒」と決めつけられる言われはない。

男性の素姓を知らなかった警察は、無職の高齢者ならば容易に窃盗犯に仕立て上げられると高を括っていた可能性が高い。事実、男性が会社役員と判明してからは捜査員の態度が変わり、記者会見の前日には4度めになる呼び出しがあったという。そこで初めて男性の言い分がほぼ正確に録取され、「盗んだ」の記述がない調書がまとまった。

だがそこでも謝罪は一切なく、男性が処分について尋ねても曖昧な答えしか返ってこなかったという。当初の自白調書の扱いも明かされなかった。



■謝罪求め訴訟も

12月の抗議に同席した代理人の伊東秀子弁護士(札幌弁護士会)は、憤りを隠さず次のように指弾する。
「警察は未だに窃盗の根拠を示していません。そもそも実行行為自体がなく、占有離脱物横領にもならない筈。それで長時間の聴取や指紋採取とは、あきらかな人権侵害です。この先も謝罪がなければ、法的な手段を講じるしかありません」

男性自身、国賠訴訟も辞さない考えだが、「賠償など一円も要らない」との本心も明かす。求めているのは飽くまで「謝罪」だ。
「こんな馬鹿なことが通るなら世の中はおしまいで、このままでは済まされない。警察は衿を正し、『自分たちが悪かった』と謝るべきです。私もいい歳ですが、汚名を着せられたままあの世へ行くことはできませんよ」

警察からは今もって何の説明もなく、男性の容疑が晴れたのかどうかは不明のまま。札幌南署は筆者の取材に対し「記者クラブに加盟していない方にはコメントできない」とするのみだ。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 

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