平成の初期、東南アジア諸国を旅行しているのは日本人ばかりだった。しかし近年は、中国人をはじめとするアジア諸国の人々で賑わい、日本人は少数派となっている。
コロナ禍で外国人が来日できない現状は別にして、やはり中国を中心に香港やシンガポールなどアジア諸国から大勢の人々が来日するようになった。政府のインバウンド政策にもよるが、日本はアジア諸国の人々から“気楽に”行ける国になっているのだ。
いつの間にか、日本が貧しい国になっていることに、多くの国民は気付いていない。
■韓国に抜かれた日本の平均賃金
今年1月27日、経団連の中西宏明会長が、連合の神津里季生会長とのオンライン会談で「日本の賃金水準はOECD加盟国中、相当下位になった」と発言した。2000年まで米国に次ぐ世界第2位だったGDPは中国に抜かれて3位となり、現在では米国の4分の1にも届かず、中国の3分の1ほどでしかない。
OECD(経済協力開発機構)が行った賃金に関する調査によると、2019年における日本人の平均賃金(年収)は3万8,617ドルだが、米国は6万5,836ドル、ドイツは5万3,638ドルと大きな差が開いている。4万2,285ドルの韓国にも追い抜かれているという現実を、重く受け止めるべきだろう。
昨年9月に発表された国税庁の民間給与実態調査によると、日本人の平均年収は 436万円だが、平成19年(2000年度)は461万円。20年間で、日本人の給与が大幅に低下しているのがわかる。
全労連の資料を見てみると、1997年を基準(100)とした賃金指数の年段階でスウェーデンは138.4、オーストラリアは131.8、フランスは126.4、イギリスは125.3、ドイツは116.3、米国も115.3と上昇したのに対し日本は89.7と下がっている。日本人の賃金が上がっていないのは、バブル崩壊以降、日本経済が成長が止まったからだ。同じ期間で、諸外国は経済規模を1.5倍から2倍に拡大させたが、相対的に日本は貧しくなった。
■賃金低下の要因
なぜ日本はこんな国になってしまったのか――?原因はいくつか挙げられる。まず日本独自の労働市場の流動性の低さ。労働者が転職しにくい土壌がある日本では、企業が労働者に対し、事実上独占的な力を発揮できてしまう。さらに、解雇規制が厳格な日本では、ベースダウンはほぼ不可能であり、上昇を阻止するのが楽だと考える経営者が多い。給料は上がらない。
次に挙げるとすれば、“小泉政権時に竹中平蔵大臣が労働者派遣法の変更で非正規雇用者を大幅に増やした”ことだろう。当初、派遣労働は通訳など特殊な技能を持っている人だけが認められていたが、これを製造業における一般労働者に拡大した結果、低賃金で働かされる労働者階級ができてしまった。グローバル化の流れに乗ろうとした経営者団体からの強い要請を受けてできた法律改正だったが、これが全体の賃金を下げた要因の一つであることは確かだ。
統計を見ると正規雇用者数は平成元年に3,452万人から令和元年に3,494万人と、ほとんど増加していない。一方、非正規雇用者の数は平成元年の817万人から令和元年の2,165万人へと大きく増加している(厚生労働省統計)。
非正規雇用がどこで増えたかといえば、高齢者層、しかも団塊の世代を含む60代の非正規雇用が大量に増えている。その結果として、非正規雇用の高齢者は余り気味となり、賃金がなかなか増えない状況を招き、さらには若者、特に正規雇用以外の若者の賃金が低賃金の大量の高齢者の存在によって伸び悩む結果となっている。
状況悪化の原因は、まだある。旧民主党政権が円高を放置したために、円は1ドル75円まで上昇。製造業の多くが中国や東南アジアに工場を移転し、空洞化現象に陥ったことで、非正規雇用者の労働環境の悪化に拍車をかけた。
2013年にアベノミクスが始まったが、その恩恵を受けたのは富裕層と大企業に勤める全体の約2割の人々だけ。前述したように、8年に及んだ安倍長期政権下における大多数の国民の給料は、上がるどころか下がっていた。
連合に加盟している労働者は日本の全労働者のわずか12%にすぎず、そこには労働組合がない圧倒的大多数の中小零細企業の労働者は含まれていない。実は、賃金上昇率の計算に使われているのは一部の大企業の正社員の給与額。国が示すデータは、国民を欺くための道具に過ぎない。
■アベノミクスの失敗
アベノミクスによる金融緩和は円安誘導だけでなく株高も招いた。資産効果を通じて総需要の刺激につながったというが、ほとんどの家計は株式を保有していない。また円安は、株価や企業収益を高めるかたわらで、輸入品の価格上昇が人々の実質賃金を押し下げるという弊害ももたらしている。
2002年2月から2008年2月までの73カ月間、日本は史上最長の景気拡大期間(好景気)を記録した。この間に、史上最高収益も記録した企業も多く、トヨタなどもこの時期に史上最高収益を出している。そうした企業は、企業の貯金ともいえる「内部留保金(利益剰余金=企業が稼いできた利益の総額)」を平成の時代に倍増させ、今では約460兆円にまで膨らんでいる。
労働組合が弱体化したのをいいことに、企業は巨額の内部留保を有しているにもかかわらず、ここ数年の賃上げや設備投資は伸びていない。ゆえに内部留保は各方面から非難されてきたのだが、皮肉なことに新型コロナウイルスの感染により一転、「いざというときのために現預金が必要だ」という企業の主張が立証されるような形になってしまっている。
麻生太郎副総理兼財務相は、昨年10月30日の閣議のあとの記者会見で「結果論ではあるが、内部留保が厚かった企業のほうが、新型コロナの騒動に耐えるだけの体力があったことになる」と述べたが、その発言を“誉め言葉”にするわけにはいかない。
アベノミクスのように短期的な株価動向ばかりを見て政権運営をしていたのでは、視野狭窄的な政策ばかりが選択されることになり、お粗末な結果しか得られずに賃金の上昇は見込めない。政府が現実を直視して経済政策や社会保障制度を根本的に変えていかないと、私たち日本人は近い将来、中国や東南アジアに出稼ぎに行くことになる。
(国会議員秘書)