江差看護学院退学生、決意の実名告発

《10月20日(実習7日目) 先生が突然私の左肩を強くひっぱり、私は床頭台にぶつかりそうになったが、なんとか避け、その場に尻もちをついた。VS測定が終わり、そのことを患者さんに伝えた際に「大丈夫?」と声をかけられ、泣いた。その後にナースステーションに戻り、物品を片付けていた時、授業で習った通りのしまい方をすると「変なしまい方しないで!」と怒られた。それから私はずっと泣いていて、その日の食事もほとんど食べることができず、寝ることもできなかった》

昨春、北海道立江差高等看護学院に入学した女性が綴った記録の一部だ。女性は同学院の教員らによるパワーハラスメントを苦に新年度を迎えることなく退学、現在は奨学金返済のため就職活動を続けている。看護職への夢は、わずか1年で諦めざるを得なかった。

■「死にたい」

「このままいたらおかしくなる、と思いました」――そう振り返るのは、函館市の眞田咲花さん(20)。人の役に立つ仕事をしたいとの思いで看護師を志し、地元高校を卒業後、江差の学院に進んだ。のちに保護者らの告発でパワハラ疑惑が表面化するのは本年3月のことだが、学生という立場でその“現場”に身を置いていた眞田さんは、入学翌月の昨年5月には「この学校、おかしい」と思い始めていたという。

「遡ると、入学前の面接の時から違和感がありました。パンフレットに載っていた情報について訊くと『そんなのやってないから』って一蹴されて…。入学後は先生たちの暴言が多いだけでなく、同じ答えが日によって正解になったり間違いになったり、わからないことを訊きに行っても教えて貰えなかったり、指導に疑問を感じる機会が増えていきました。それが普通だと思い込むようにしていたんですが、5月の終わりごろからは先生と話すのが嫌になり、顔を見るだけでも抵抗を感じるようになっていました」

理不尽な指導への疑問を口にしようとすると、寮の先輩たちに「言っても無駄」と諭された。かつてパワハラを苦に自ら命を断った学生がいたことも聴かされ「3年間我慢するしかない」と言い含められた。学院は、最もハラスメントの多い副学院長を中心としたグループに牛耳られ、パワハラに荷担できない若い教員があからさまにいじめられる光景を眼にすることもしばしばだった。一定期間指導に訪れる外部講師が「おかしいのではないか」と率直な疑問を口にする声も聴いた。

「毎日のように泣いている子や、何かあると『死にたい』と言い出す子もいました。少しでも先生に気に入られないと単位を貰えなくなるおそれがあるので、学生同士でも何かあるたびにピリピリする感じでした」

■実習先でもパワハラ指導

とりわけ緊張を強いられるのは、医療機関で年2回行われる実習の場。連日のようにほとんど寝ないで現場に通い、自分を犠牲にして患者に尽くす。それ自体は看護学生としてあり得る修業と言えたが、江差ではそこに理不尽なパワハラが加わり、精神的な消耗は度を越えていたようだ。眞田さん自身が綴った記録の一部を、引き続き採録しておく。

10月14日(実習3日目) 消毒液の作り方を教えてもらっていなかったので、作り方が分からないことを伝えたら「上から目線で失礼」と言われた》

2月10日(実習8日目) 患者さんに酸素を流しているチューブがベッドの車輪にひっかかっていたため、急いで外したが、先生に「ひっかかってる! ひっかかってる!」と指をさされ、チューブもそのままにしていたと事実無根を指摘された》

2月12日(実習9日目) 私ともう一人のメンバーが臨床から外された。その日は一日中レポートを書いていた。内容は、記憶にない言動に対する反省と次回への課題だった。私はあることないことを泣きながら書いた》

2月15日(実習10日目) 基礎看護学実習Iでは車イスを押すことができない決まりだが、先生に「なんで押してないの?」と言われ、本来行ってはいけない援助をやってしまった》

やってもいないことを反省させ、してはならないことをさせる指導とは、常識的に考えておよそあり得ない。学生たちはこうした理不尽によく耐え、あるいは耐え切れずに脱落していく。

■生徒の落ち度を捏造

実習や授業にスマートフォンを持ち込むことは禁じられており、そのためハラスメントの客観的証拠となり得る音声や映像などはほとんど残されていない。保護者らの告発が始まってまもない本年2月、眞田さんの父が副学院長ら3人と面談し、指導のあり方に疑問を呈する機会があった。教員らはこの時、眞田さん自身にはまったく身に覚えのない落ち度を次々と創作し、また受けた覚えのない指導をいくつも捏造して事実と正反対の主張を繰り返したという。学院では10年ほど前からパワハラが常態化していたことが疑われているが、これまで学生からの訴えが表面化しなかったのは、こうした教員らの嘘が堂々とまかり通ってきたためと考えられる。

こうした事態への絶望がやがて諦めに変わることになると、眞田さんは説明する。
「学生の中には被害をうまく話せない子もいるし、記録がないから思い出せないという子もいて、結局は誰も声を上げなくなるんです。あまりに辛い目に遭い、そもそも思い出したくないという人もいるほどです」

■無念の退学、返済迫られる奨学金

今年2月下旬、眞田さんは退学を決意した。きっかけは、病院で看護師が誤って倒した柵を「あなたが倒した」と決めつけられ、実習から外されたため。患者に会うことを禁じられ、レポートの採点も拒否され、再実習の申し出は「あなたに受かるとは思えない」と一笑に付された。張り詰めていた糸がふっつり切れ、看護職への夢をきっぱり諦めた。道などから受けていていた奨学金は、1年間で約100万円。その返済が、10月にも始まることになっている。地元の労働基準監督署に通い続ける日々が、3月から始まった。

辞めてしまった学校の不祥事を実名で証言することには、何の利益も伴わない。場合によっては、現在の就職活動の妨げになるおそれすらある。それを知りつつ名前を晒すことを決意したのは、なぜなのか。

……先生たちは、私なんか何もできないだろうと高を括っていると思います。『そんな子供が今、あなたたちのやったことを告発してるんだよ』って、分からせてあげたくて

成人まもない若者にこういう覚悟をさせる教員たちは、さらに彼女が言い添えた「もう1つの理由」を知ったらどう思うだろうか。

匿名で話すと、先生たちはきっと“犯人捜し”を始めますよね。それで、学校に残っている同期や先輩たちが疑われるのが嫌なんです

曇りのない眼でそう話す人から1年間という時間を奪い、将来への希望をあっさり潰した教員たちは、今もハラスメント認定を逃がれたまま学院に籍を置き続けている。

(小笠原淳)

(※ 眞田さんの証言を含む江差高等看護学院パワハラ問題のレポートを、現在発売中の月刊「北方ジャーナル」5月号に掲載しています。)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 

 

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