不起訴事件の元容疑者が違法な取り調べなどの被害を訴えている裁判で、問題の取り調べを撮影した映像が法廷で上映されることが確実となった。映像にはのべ約23時間にわたって警察官による黙秘権侵害の様子などが記録されているといい、来年1月下旬に予定されている口頭弁論の場でその抜粋が再生されることになる。
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映像が公開されることになった裁判は、2021年に札幌地方裁判所へ提起された国家賠償請求訴訟。同年6月に起きた事件で北海道警察の捜査を受けた札幌市の女性(のち不起訴)と当時の弁護人が、捜査員から黙秘権侵害や私物検閲などの被害を受けたとして道警に損害賠償を求めたものだ。
本サイト既報の通り、裁判では昨年5月の第2回口頭弁論までに原告側が取り調べ映像の「文書提出命令」申し立てを行なっている。その後、札幌地裁がこれを認めて提出命令に到り、映像を管理する札幌地方検察庁が同決定に抗告(異議申し立て)しなかったため、女性の逮捕後から勾留満期までに撮影された取り調べ映像およそ25時間ぶんが同6月までに提出されることになった。文書提出命令で取り調べ動画が開示されるのは全国で初めてとみられ、原告代理人らは「将来の違法捜査抑止のためにも意義がある」と決定を評価、併せて法廷での公開を裁判所に求めていた。
審理にあたる札幌地方裁判所(布施雄士裁判長)は12月4日の第7回口頭弁論で、当該映像の法廷内での上映を認める意向を示し、公開用に10分間程度に再編集した映像を次回弁論までに原告側が提出することとなった。映像には取調官が繰り返し机を叩く行為や黙秘権を否定するような発言が収録されているといい、原告代理人は「取り調べ時間のほとんどが供述の説得に使われていて、個別の言動だけでなく全体として黙秘権を侵害している」と指摘する。
代理人らによれば、原告の女性は逮捕4日後の取り調べから黙秘権行使を宣言していたが、警察官らはその後15日間にわたって執拗に供述を迫り続け、最長で3時間を超える取り調べに及んでいた。映像には、警察官が毎回の取り調べで形式的に供述拒否権を告げる様子が収録されており、にもかかわらず実際には女性の黙秘権を認めない言動が繰り返されていたという。具体的には、たとえば以下のような発言だ。
・「弁護士の言うことを聴いても解決にならない」
・「このまま満期を迎えていいと思っているのか」
・「供述拒否権は嘘をついていい権利じゃない」
・「私は間違った取り調べはしていないつもり」
・「話さなくてもこちらはずっと問い続ける」
・「真実を話す機会は取り調べの場しかない」
・「隠したいことがあるから話さないのか」
・「無視される方の気持ちは考えないのか」
・「何かやましいことがあるのか」
これらの発言はおもに女性警察官によるものだが、勾留満期が近づくころには男性警察官も取り調べに同席するようになり、机を叩いたり女性の顔を指差したりする行動に及んだという。これらの問題行動が余さず映像に収録されているにもかかわらず、今回の裁判で道警は黙秘権侵害を否定、「説得行為は違法ではない」という趣旨の論を張るに及んでいる。
取り調べがあった当時は女性の弁護人が複数回にわたって道警や公安委員会に抗議・苦情を寄せたが、密室での違法行為が改まることはなかったようだ。原告代理人らは「今回は取り調べ録音録画の対象事件だったから映像が残っているが、そうでない事件ではどんな違法行為があっても客観的に確認できない」と指摘する。
注目される裁判の次回弁論は1月31日午後、札幌地裁。問題の映像はこの日、法廷で陽の目を見ることになる。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |