令和元年に鹿児島市立伊敷中学校で起きた“いじめ”は、学校側によって真相が歪められ、ハッピーエンドの筋書きに変えて幕引きが図られていた。校長や担任が解決できずに被害生徒が「転校」を余儀なくされたにもかかわらず、鹿児島市教育委員会への実態報告書には「転校」の二文字がなく、「いじめは解消した」ことになっていた。明らかな隠蔽だが、改めて、被害生徒が受けたいじめの状況を整理してみると、その悪質さが際立つことが分かる。
■いじめの実態
・胸ぐらをつかんで強く押しされ、殴ったりされた。殴られた時は、しばらく痛くて動けなかった。
・暴力で脅かされ、文房具などをとられた。そのせいで、勉強に支障をきたした。
・「キモイ」「うざい」「死ねば」「死ね」などと言われるのは日常茶飯だった。
・持ち物を勝手に取られ、使われた。
・机を蹴られた。
・奪われた物が、他人の手に渡っていた。
これは、いじめの被害にあった女子生徒が、転校を願い出た際に市教委に提出した直筆文書から抜粋したいじめの内容。A4の用紙4枚に綴られた被害の詳しい状況を、最後に短くまとめたものだ。
いじめを行っていた生徒は、文房具などの貸し借りの形をとって、被害生徒を痛めつけていた。取り上げた文房具を返す意思はなかったらしく、問題が大きくなってから、新たに購入して返していた。借りたものを返したというより、被害を弁償したと言うべきだろう。
「キモイ」「うざい」「死ねば」「死ね」――被害にあった生徒は追い詰められ、担任の女性教師に救いを求めたが、その教師は「そのうちね」などと言って、まともに取り合おうとしなかったことが分かっている。
隠蔽を主導したとみられる同校の当時の校長も無責任だった。いじめの実情を知った校長は、被害生徒の自宅を訪ねてきて「私に任せなさい」と胸を張ったあげく、事態が改善されないことを訴えた被害生徒の保護者に「一生懸命やってるんだ!」と逆切れする始末だったという。被害生徒に寄り添う気持ちを持った教師が一人でもいれば「転校」ということにはならなかった可能性もあるが、この段階で担任や校長が優先させたのは「保身」だった。
伊敷中が作成した実態報告には、《いじめの概要》として「10月中旬に、5~6月から本人の意志に反して、たびたび文房具等を借りられていたことに不快感を示した」と記されている(下が報告書の該当部分)。だが、この記述が事案を極端に矮小化したものであったことは明らかだろう。
■いじめの「重大事態」とは
学校が行った「いじめの隠蔽」を市教委が追認し更なる隠蔽に走ったのは、県教委が言う「重大事案」「重大事態」にしたくなかったからに他ならない。では、「重大事態」とは何を指すのか――。
2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」という法律がある。「いじめの重大事態」は、同法の第28条に規定されている。
1 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
2 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
伊敷中のいじめは、被害生徒が文房具などを取り上げられたり、心身にダメージを受けて医療機関で治療を受けるなどといった状況だった。そのことを学校側も市教委も知っていたわけで、明らかに「生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑い」があったと判断されるケースだ。転校という最悪の結果も、重大な被害にカウントされるべき事態だったといえるだろう。しかし実際には、いじめの実態は隠され、「重大事態」にならないように虚偽の報告書が作成されていた。
ちなみに、同法の規定によれば、公立学校は、当該地方公共団体の教育委員会を通じて、重大事態が発生した旨を首長に「報告しなければならない」と定めており、伊敷中のケースは鹿児島市長に報告すべきものだった。
同法はまた、こうも定めている。
《都道府県の教育委員会は市町村に対し、重大事態への対処に関する都道府県又は市町村の事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言又は援助を行うことができる》。
地方自治法にも同様の規定がある。
《都道府県知事その他の都道府県の執行機関は、その担任する事務に関し、普通地方公共団体に対し、普通地方公共団体の事務の運営その他の事項について適切と認める技術的な助言若しくは勧告をし、又は当該助言若しくは勧告をするため若しくは普通地方公共団体の事務の適正な処理に関する情報を提供するため必要な資料の提出を求めることができる》
県教委は毎年、市町村の教育委員会に対し、いじめの重大事態を報告するよう求めているが、報じてきた通り平成30年度から令和2年度までの3年間、重大事態の報告は皆無。伊敷中のいじめ事案を報告していなかった鹿児島市教委は、法律違反を犯していた疑いがある。