歯科医師ワクチン接種「超法規的措置」と日本医師会

医師法17条には「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と書いてある。どう読んでも、歯科医師か医業をするには、法改正が必要だ。ところが現実には4月26日に発出された厚労省の通達一本で歯科医師によるワクチン接種のための筋肉注射が可能となった。背景をさぐってみると……。

■「超法規的措置」

下が、問題の通達である。

厚生労働省の見解によれば、医師等の資格を有さない歯科医師が ワクチン接種のための筋肉内注射を行うことは医師法第17条に違反するが、以下の条件があれば、医師法第17条との関係では違法性が阻却され得る、という。
(1)歯科医師の協力なしにはワクチン接種ができない状況にある
(2)筋肉内注射の経験か研修を受けている
(3)被接種者の同意

つまり、「違法ではあるが、超法規的措置で違法でない」という解釈だ。しかし、本来違法かどうかは裁判所が判断するもので、政府が決めることではあるまい。この「通達」を応用しさえすれば、米国で行われている薬剤師、英国で行われている研修生も可能だろうし、獣医師にも広げることができてしまう。

ワクチン接種の打ち手不足改善を急ぐ政府は5月に、静脈からの採血ができる臨床検査技師(20.2万人)と、輸液などを担う救急救命士(6.4万人)も接種可能との判断を示している。「救急救命士や他の職種で血液検査などをしている団体とも調整している。数万人を確保したい」と発言していた菅義偉首相の強い要望によるものだ。

■歯科医師接種に日本医師会の壁

「超法規的措置」で思い出すのは、日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件。1977年、パリを飛び立った日航機をハイジャックした犯人らは、服役中の日本赤軍メンバーなど9人の釈放を要求。日本政府(福田赳夫内閣)は「超法規的措置」として、ダッカ行に同意した6人を釈放し、犯人側に引き渡した。今回の「超法規的措置」が、それに匹敵するほどの緊急性があったのかどうか、議論される必要があろう。

接種人員の確保という政策の中身に関しては、国民の大多数が賛意を示すはずだ。であれば、医師法17条の例外となる特例法を国会で成立させるのは難しことではなかった。内閣法制局に改正法の骨格を指示し、作成するのに1~2日。作成後、与野党協議を経て、午前と午後に衆参両院の本会議を開いて法案を通した上で、「翌日から施行」とすれば1日で成立する。時限立法でもよかった。与野党が対立する案件でもないのに、政府はなぜ法改正という道を選ばなかったのか――。

その理由について、ある医療関係者は「日本医師会が、自分たちの既得権益を守るために接種の担い手を増やそうとしないからだ」と断言する。

5月28日の読売新聞は、《「打ち手に歯科医」立ちはだかった医師会、領域侵され拒否反応》と見出しを打ち、自民党参院議員の島村大氏が日本医師会の中川俊夫会長に歯科医活用を打診したしたところ「ちょっと待て。よく検討しなければ、ダメだ」と言われたとした上で、“医師会は、「自らの領域を侵されることに拒否反応を示した」(政府高官)”と報じている。

欧米では、インフルエンザのワクチンも薬局で薬剤師が接種している。一方日本では、毎年秋から始まるインフルエンザワクチンは自由診療で、「開業医のドル箱」となっている。もし、新型コロナをきっかけにワクチン接種の業務が薬剤師などに奪われたら、経営が苦しくなる病院も出てくるのだという。

医師会からすれば、法改正によって歯科医師や薬剤師などにワクチン接種が許可されるような事態を、絶対に認めるわけにはいかないのだ。つまり、医師会の既得権益を守るために、あえて法改正をしなかったとみるのが妥当だろう。

その証拠に、4月26日に厚労省が自治体に通知した前述の通達には、条件として以下のように書かれている。

《新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止し、住民の生命・健康を守るために迅速にワクチン接種を進める必要がある中で、必要な医師・看護師等の確保ができないために、歯科医師の協力なしには特設会場での集団接種が実施できない状況であること。
※ 上記については、予防接種の実施主体である自治体の長が、看護師等の確保に取り組んだ上で、それでも必要な看護師等の確保が困難と判断し、地域医師会等の関係者とも合意の上で、地域歯科医師会に協力を要請する。》

菅首相は医師の特権意識を嫌っているが、それにもかかわらず、厚生労働省が今回の通知に「地元医師会の合意」を入れ、歯科医のワクチン注射を「時限的・特例的な取り扱いとして」と強調したのは、圧力団体である日本医師会に屈したからだ。

日本医師会が先頭に立ち、全国の医師と医療機関に全面協力を呼び掛け、コロナ患者の病床を確保しているなら特別扱いも多少は理解できるが、やっているのはワクチン接種に協力する程度。風評被害で患者が来なくなると困るので、発熱外来をやる医療機関は少ない。そんな状況だから、たとえやっていても公表を拒否する病院が圧倒的に多いのが現実だ。

厚生労働省の官僚が、通達一本で法律の解釈を変えることとができる国は法治国家とはいえない。「コロナ」を理由にして何でも通していいわけがないのだ。

昨年、就任直後の菅義偉新総裁は「役所の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打破し、規制改革を進める。国民のために働く内閣をつくる」と述べたが、結局は厚生労働省と日本医師会の権益拡大に力を貸しただけでしかなかった。

今月に入って、政権寄りとされる読売新聞が行った世論調査によれば、菅義偉内閣の支持率は政権発足後最低の37%。首相は接種加速で感染を抑え込み、東京五輪・パラリンピックを開催して反転攻勢を狙う戦略らしいが、「国民不在」では話にならない。

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