北海道の岸田首相演説にトラブルなし|「ヤジ排除」意識する警官たち

衆議院議員選挙期間中の22日、就任まもない岸田文雄総理大臣が北海道を訪れ、道内各地で与党系候補の応援演説に立った。遊説の場はいずれも屋外だったが、一昨年7月に札幌で発生したような「ヤジ排除事件」は起こらず、警戒にあたった警察官らが警察官職務執行法などを根拠に実力行使に及ぶ場面は見られなかった。

◇  ◇  ◇

会場の1つとなった北海道10区管内のホテル前では、公明の前職候補の演説に岸田氏が駈けつけた。現職総理を迎えた聴衆は、そのほとんどがもともと与党支持者と思しい人たちで、周辺の様子は一昨年の札幌で見られた光景と重なる。来春に一審判決を控えるヤジ排除裁判の原告・大杉雅栄さん(33)は職場の休憩時間を利用して同会場に足を運び、街宣車の斜め前に陣取った。すぐに地元報道関係者がその姿を認め、次々に声をかけてくる。周辺には一目でそれとわかる私服警察官たちが配備され、付近を通りかかる市民らの整理にあたっていたが、彼らもまた大杉さんに気づいていたようだ。群衆の前を盛んに行き来する警察官の1人が、まさしくヤジ裁判の法廷で被告・北海道警の席に着いている人物だったのだ。時おり無線などで連絡をとり合う私服警官たちが大杉さんの存在を強く意識しているのは確実だった。

候補者らの演説は1時間ほど続いたが、結果として一昨年のようなトラブルには到っていない。地域の支持者と距離が近い地元候補の演説でたびたび大きな拍手が起こったのとは対照的に、感染症対策や経済対策などを語った岸田文雄氏の応援演説は迫力に欠け、お世辞にも盛り上がったとは言えなかった。大杉さんを含め、現場の聴衆から与党批判の声が上がることはなく、また熱狂的な支持の声も上がらず、支持者の中にさえ岸田氏の演説中に会場を離れた聴衆がいたほどだ。当の岸田氏は地元候補者の名前を一度間違えたが、さいわいにも聴衆にはあっさり聴き流された。小さな拍手が一度起こったほかは、いかにも穏やかな集まりだった。

興味深かったのは、それまで大杉さんを意識しつつも素知らぬ顔を決め込んでいた私服警官たちの動き。演説終了後、大杉さんが会場を後にして歩き出すと、極めて遅い歩速ながらもそれを追尾するように数人が同じ方向へ移動したのだ。

道警の関係者によれば、ヤジ排除事件発生から今日までの2年間に各地の市民から道警に寄せられた苦情は、およそ1,000件ほど。いかにも無理のある警職法対応の理屈が世論に受け入れられないことを知った組織は、今回の首相演説の警護にあたってどのような警備方針を立てていたのか。その概要は知る由もないが、ヤジやプラカードなどで意志表示する参加者がついに登場しなかったことは、彼らにとってとりあえず幸いだったろう。

「(岸田首相は)いろんなことを言ってましたが、そもそも与党なんだから、選挙で言う暇があったらとっとと実行すればいいのに」――大杉さんの率直な感想だ。全体として演説が印象に残らず、ヤジを飛ばす気にさえなれなかったという。

岸田首相はこの日、札幌を含む道内4カ所を回って応援演説に立ったが、いずれの会場でも大きなトラブルは報告されなかった。首相自身が2年前に札幌で起きた出来事を知っていたかどうかは、定かでない。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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