複数の教員の関与が認定された北海道立江差高等看護学院のパワーハラスメント問題で、北海道の担当課が昨年度までに受理した被害告発の記録などがこの3月、担当課の判断で一部開示された。
記録は昨年4月に一度、筆者が公文書開示請求で入手していたものだが、それらが事実上全面墨塗りの「のり弁当」状態だったため、筆者は同5月に審査請求(不服申立)していた。これを受けた道の第三者機関が開示の適正性を審査していたところ、道の担当課は本年2月、審査会の答申を待たずに当初の「のり弁」開示を「誤っていた」と認め、再開示に到った。
道の行政情報センター関係者によると、処分機関が自ら「原処分取り消し」を決めるのは極めて異例。再開示を決めた担当課の関係者は「(筆者の)主張をもっともだと思い、取り消しを決めた」と話している。
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今回、多くの「のり」が剥がれて再開示されたのは、江差看護学院のハラスメント告発を記録した『苦情対応票』や、3年前に同学院の学生が自殺した事件への対応の記録など、道が保存する公文書計49枚。昨年4月の一部開示決定では、これらの文書は標題や日付を除いてすべて墨塗り処理されており、学生の苦情やそれを受けた道の対応などがことごとく不開示となっていた。
再開示によってあきらかになったのは、ハラスメント問題が表面化する前の昨年度時点で、道が切実な被害の訴えを受けていた事実。昨年1月22日付の『苦情対応票』には、こうある。
《去年から他の保護者が何度も道にパワハラの実態を調査して欲しいと言っているが全く動いてくれず、対応してくれないのはどういうことか》
《教員が一人やめたが、副学院長がその教員を追い込んでやめさせたことなど、学生は全てを知っている》
(*以下、画像の中の赤字の書き込み、アンダーラインはハンター編集部)
さらに2カ月後の3月8日には、痺れを切らした被害者が報道機関への告発に乗り出す考えを明かしていた(のちに告発に到ったのは既報の通り)。
《1年生のほとんどが、退学する状況である。このような訴えは他の保護者からも来ているはずだが、原因は教員のパワハラであるのに、道は対応しないのか。こちらはマスコミに伝えるように準備している》
同文書で興味深いのは、「のり」の下に次のような一文も隠れていた点。『対応票』の後半、道の担当者の筆になる記述を引く(※ 一部誤字は原文ママ)。
《事実と違うことが流布されている様子もある》(1月22日付)
《事実以外のことが風潮されている 誹謗中傷に当たる可能性もある》(3月8日付)
いわゆる「クレーマー」あるいは「モンスターペアレント」が事実無根の被害を訴えているかのような報告。これはつまり、当時の担当者が被害証言を信用していなかったということになる。言い換えれば、加害が疑われる教員のほうを信用していたことと。参考までに付記しておくと、この担当者はかつて道の看護学院に勤務、現在の江差の副学院長とともに教職に就いていた。それが昨年度、札幌の本庁で担当課に勤務することになり、江差からの苦情に対応していたわけだ。この人物は、本年度から再び看護教育の現場に戻っている。現在の職場は江差看護学院である。
「のり」が剥がれた公文書には、これらに加えて「事故対応」の記録も含まれている。文書に謂う「事故」とは、2019年9月に当時の在学生が自殺した件。この事態に学校がどのように対応したのか、事件当日から翌日にかけての動きを時系列で記録した文書があった。
同文書を紐解くと、学生を発見した教員が当日の午前8時48分に「110番通報」していた事実を確認できる。本サイトの3月7日付記事(⇒「江差看護学院・被害遺族が慟哭の証言|認定されなかった最悪のパワハラ」)で伝えた通り、現場で異変に気づいた教員らは直ちに救急通報せず、まず警察へ連絡していた。読者にはここで、先の記事に添付している救急の文書を確認していただきたい。文書の左側に記録された「入電」時刻の欄に「8時58分」との記載がある筈だ。教員の警察通報が8時48分で、警察からの救急通報が同58分。これで約10分間、救急出動が遅れる結果となったのだ。
さらに言うならば、現場の教員らは警察通報さえ後回しにしていた。今回開示された文書に眼を戻すと、110番通報に先んじた行動が次のように記録されていることがわかる。
《学院に報告する》
警察通報の1分前、8時47分のことだ。まとめると、学生の異変を知った当時の教員らは何よりもまず、職場へ真っ先に報告することを選んだ。次いで、警察に通報した。救急にはついに通報せず、車で2分の距離にある道立病院へも連絡しなかった――。
先に述べた通り、道は筆者の開示請求に対し、これらの文書をほぼ全面墨塗りで開示していた。不開示の理由は、いわゆる個人情報保護など。開示翌月の昨年5月24日に審査請求を申し立てた筆者に対し、道は同9月28日付の『弁明書』で次のように反論している。
苦情対応の非開示について…《相談者は、当該相談の内容が他に開示されないことを前提に申立てを行っていると推察される》
事故対応記録の非開示について…《開示の是非の判断に当たっては、遺族に対し、不用意な想起による失意を与えることのないよう、十分留意する必要がある》
前者については、ほかならぬ相談者自身が「マスコミに伝える」と明言していた点で、非開示の弁明としては苦しいものと言わざるを得ない。後者に到っては、実在する「遺族」の意向を確認した形跡がなく、にもかかわらず「留意」すべしという主張。遺族自身はむしろ、真実を求めて声を上げ始めることになるのだが。
筆者は10月27日付の『反論書』で道の主張の非合理性を指摘、さらに12月8日に設けられた意見陳述の場で次のように訴え、適正な開示を求めた。
「道は第三者調査委員会の『調査書』を報道機関や議会傍聴人などに提供しています。そこには『A教員』とか『b学生』のような匿名表記があるものの、ハラスメント事案の内容そのものは伏せられず開示されています。個人名を伏せさえすればここまで出せるのに、なぜ昨年度の苦情対応記録とかは苦情内容までをも墨塗りにするのか。自殺した学生さんの件も、地元消防は伏せるべき所を伏せた上で事実を開示しました。同じことは道にもできる筈です」
同日の陳述を、筆者はこう締めくくっている。
「願わくば、審査会の答申を経ずとも、道が独自に『間違っていた』と認めてくださるよう求めます」
年が明けて本年2月18日、道はこれに応える形で原処分の取り消しを決定。本稿冒頭に述べたように、審査会の答申を待たずに原処分が覆るのは極めて異例のことだ。
決定を伝える文書で、道はもとの開示決定に「誤りがあった」と認めているが、なぜ誤ったのかまでは記されていない。ここまで述べてきたように、新たに開示された情報にはハラスメント被害者が知りたかった情報が多く含まれている。では、そういう情報をことごとく伏せることによって守られたのは、誰なのか――。もはや敢えて述べるまでもないだろう。
※ 在学生の自殺事案については23日午前、北海道議会保健福祉委員会で初めて俎上に載り、2会派から計1時間にわたる質問があった。同委の平出陽子議員(民主・函館市)と真下紀子議員(共産・旭川市)の追及に、道の担当課は当時「原因不明」として事案を処理していた事実を明かし、ハラスメントの有無の調査については「ご遺族からの希望があれば誠実に対応したい」と答弁した。第一発見者となった教員が救急通報をせず学校と警察のみに連絡した対応については「ただちにさまざまな救命対応を試みたが、蘇生困難な状況だった」と説明している。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |