「事件のことは絶対にしゃべるな!」――情報漏洩で揺れる腐敗組織・鹿児島県警が、捜査資料流出の発端となった不当捜査に関係する現場の捜査員らに、厳重な緘口令を敷いたことが分かった。
県警関係者によれば、こうした異常な対応は、選挙買収をでっち上げ、地域住民に「踏み字」までやらせて社会問題化した「志布志事件」以来。警察一家が関わったことで不当捜査が行われた強制性交事件が、捜査員が口をつぐんだため被害者救済が遅れた志布志事件と同じような経過をたどる可能性が出てきた。
■県警内部からも憤る声
これまで度々報じてきた通り、ハンターが入手した数十件分の『告訴・告発事件処理簿一覧表』は、告訴または告発され事件化した案件の記録だ。多数の個人名、法人名、事案の内容、取り調べや聴取の日時などが明記されており、マスキング(黒塗り)はされていない。
処理簿一覧表がハンターに託されたのは、鹿児島中央署に勤務していた警部補の息子が訴えられた強制性交事件に絡む一連の捜査に、その時点で同署の署長だった井上昌一県警刑事部長が不当な圧力をかけたことが原因だとみられている。
強制性交事件とそれに関係する事案の捜査を指揮した井上氏は、鹿児島西警察署が対応すべき名誉棄損事案を強引に中央署で処理させ、先に表面化した強制性交事件を捜査中だった強行犯係の警察官に対応させるという異常な捜査指揮を行っていた。その証拠が、県警内部から流出した下の2枚の「告訴・告発事件処理簿一覧表」である。
一覧表の記述から明らかな通り、中央署強行犯係が、同一人を“被疑者”として『取り調べ』しながら、同時に“被害者”として『聴取』を行うという、テレビドラマでもあり得ない事態を招いていた。県警内部からも「不適切な捜査指揮だ」「捜査をやり直すべき」といった声が上がる状況の中、県警は、送検の際に起訴の必要性について付す意見書を、通常なら起訴を求める「厳重処分」ではなく、ワンランク落とした「相当処分」にしたことも分かっている。
関係者によれば県警は、検察への事件送致の際、「警察一家」にとって不都合な供述調書や証拠などの一部を省いた可能性さえあるという。これについては稿を改め、別の流出資料を示して詳しく報じる予定だ。
歪められた捜査に基づく送検資料によって予断を与えられた鹿児島地検の検事が下した答えは、案の定「不起訴」。ハンターは昨年11月、県警内部から流出した前掲の文書を鹿児島地検に届け、捜査が歪められた可能性を指摘したが、担当した検事に聞く耳はなかったようで、ろくな調べもせぬまま不起訴処分を決めていた。県警も検察も腐っているということだ。
ハンターの追及が続く中、保身しか頭にない県警上層部は、不当捜査と情報漏洩の実態を知っている警察官らに対し「事件のことは絶対にしゃべるな!」という極めて強い命令を発し、箝口令を敷いているという。ある警察関係者は、「志布志事件以来の暴挙」と憤る。
■「志布志事件」との類似性
2003年、同年春に行われた鹿児島県議員選挙で当選した議員の陣営が特定の集落で現金などを配ったとして、当選した議員夫妻と11人の住民らが、県警に公職選挙法違反(買収)の容疑で逮捕され、その後鹿児島地検による起訴へと進む。
のちに事件そのものが県警による“でっち上げ”で、それを正当化するため、一方的に疑いをかけた住民に家族の名前を書いた紙を踏みつけさせるという「踏み字」に代表される違法な取り調べや長期にわたる勾留、自白の強要が行われていたことが明らかとなる。
この志布志事件で違法・不当な捜査が行われたことを最初に報じたのは、テレビ朝日の「ザ・スクープ」。2005年に同番組が問題提起したことで注目を集めることとなり、2006年1月から始まった朝日新聞の報道で大きな社会問題となる。鹿児島地裁で起訴された12人全員(1人は公判中に病死)に無罪判決が出たのは、県警のでっち上げ捜査開始から4年近く経った2007年1月だった。
何年にもわたって無実の人々が苦しめられたのは、鹿児島県警が、捜査員らに「事件のことは絶対にしゃべるな!」として箝口令を敷き、違法捜査の実態が隠蔽されたためだ。県警による不当捜査、それを真に受け間違った処分(志布志事件では「起訴」)を下した検察、社会問題化した後の警察内部の緘口令――。事案の内容は違っているが、20年前の志布志事件と今回起きた強制性交事件に絡む一連の動きには、通底するものがある。
今回の強制性交事件でも不当捜査と検察の不作為によって間違った処分(『不起訴』)が行われ、情報漏洩もあって厳しい緘口令が敷かれている。検察の結論に「起訴」と「不起訴」の違いこそあれ、弱い立場の人が警察や検察によって苦しめられるという点で両方の事案の構図は同じだ。
警察の威信を失墜させた志布志事件の背景には、捜査を指揮していた幹部警察官と、別の自民党重鎮県議の親しい関係があったとも言われている。今回の県警による強制性交事件への対応でも、被害者から告訴状が提出される前に、警察関係者から所轄署に「合意があった」という説明が行われていた可能性が高い。
ある司法関係者は、次のように話している。
「結局、鹿児島県警は志布志事件についてこれっぽっちも反省していなかったといういことだ。今回は、強制性交事件の被害者が提出した告訴状を門前払いにした上、受理した後も不当な捜査指揮が行われた疑いが濃い。事件のでっち上げも、警察関係者が関与した事件のもみ消しも、根は同じ「警察一家」擁護の考え方に基づくものだと言えるだろう。都合が悪くなっての緘口令もそうだが、この体質は鹿児島県警特有のものなのかもしれない。情報漏洩は良くないことだが、上層部の暴走を目の当たりにした現場の警察官らが、止むに止まれず捜査資料をハンターに投げたということだろう。悪いのは県警の上層部。鹿児島県警は、20年前と同じ道をたどっている」
県警は大量の捜査情報流出を受け、内部情報にアクセスした人間が特定できるようシステムの変更を行っているという。パスワードを使ったアクセスから顔認証に変えるなど対策を急いでいるというが後の祭り。ハンターは、数十件分の捜査資料を入手している。県警上層部は近いうちに、緘口令は無駄だと知ることになる。