北海道の猟友会がヒグマ駆除「辞退」|自治体は「引き続き協議を」

ヒグマの駆除をめぐり、にわかに大きな議論を呼んでいる北海道の自治体と地元猟友会との確執。今月中旬から各メディアが相継ぎ報じ始めた「駆除辞退」問題の背景には、何があったのか。

■問題は猟友会に対する役所の姿勢

猟友会がクマの駆除辞退「この報酬ではやってられない」――。札幌の民放局・北海道テレビ( HTB )がそんなニュースを発信したのは、5月21日夕のこと。北海道・空知地方中部にある奈井江町を舞台に、町と地元猟友会がヒグマ駆除の方針をめぐって対立している状況を伝えるものだ。町の示した駆除実施案について、おもに費用面で折り合いがつかず、猟友会が駆除隊への参加「辞退」を表明したという。

毎日のようにヒグマの目撃談や具体的な被害が報じられている北海道にあっては、およそ穏やかならぬニュース。奈井江町でもほぼ毎年、住宅地のある町内中心部などでヒグマが目撃されているほか、足跡や糞などの痕跡がたびたび確認されている(既報)。具体的な被害があった際には箱罠による捕獲などで対応することが多いものの、一刻を争う場合には猟銃による殺処分が避けられず、また箱罠を使う場合でも最終的には銃などで「止め刺し」を行なわなくてはならない。ライフルなどの猟銃を扱うことができるのは、言うまでもなく必要な資格を持ったハンター、つまり猟友会メンバーたち。その猟友会が駆除を「辞退」するとなると、銃によるヒグマ駆除が事実上不可能となるわけだ。

深刻な事態を伝えるニュースは北海道外からも大きな関心を呼び、ヤフーニュースに転載された先のHTB報道には翌日午前までに3,000件を超えるコメントがついた。同日の昼には別の地元局が参戦し、さらにキー局のワイドショーやNHK、活字媒体もこの一件を大きく報じるに到っている。

筆者が今回の「辞退」問題を把握したのは、報道前日の20日朝。参加するグループLINEに投稿された未確認情報の真偽を確かめるべく、北海道猟友会砂川支部・奈井江部会(山岸辰人部会長)に問い合わせを寄せたところ、以下のような経緯が明かされた。

関係者によると奈井江町は年度明け早々の4月1日、本年度から新たに発足する「鳥獣被害対策実施隊」の活動について説明する場を設け、猟友会に隊への参加を要請した。この時の説明内容に違和感を覚えた猟友会は5月15日、参加各機関の役割分担や隊員の身分保証、安全確保などについて全15項目の提案をまとめ、町に提出。だがそこから3日を経た同18日、部会内の協議で「町の求めに応えるのは難しい」との結論に到り、隊への参加を辞退せざるを得なくなったという。部会の決定は文書で町に送付され、先の報道があった5月21日に担当者の手もとに届いた。

辞退の理由について、これまでの報道ではおもに「駆除の報酬」が安過ぎることに焦点が当てられている。奈井江町が猟友会へ示した費用は、クマ対策活動の日当として8,500円。発砲があった場合にはこれに1,800円が上乗せされるが、命がけでヒグマと対峙するハンターにとっては決して充分な報酬とは言えず、危険な業務の見返りとして妥当ではないという指摘だ。

これに「お金の面はもちろん重要だが、そこだけではない」と念を押すのは、猟友会奈井江部会長の山岸辰人さん(72)。「そこに到るまでの行政の認識に問題がある。役所は我々を下請けのように考えているのではないか」と訴える。新たな駆除隊についての町の提案内容はハンターを軽視し過ぎており、それが目に見える形で示された一つが報酬の金額だというわけだ。ハンターたちは狩猟で生計を立てているわけではなく、それぞれに生業を持っているが、出動となると仕事を放り出して現場に駈けつけなくてはならない。にもかかわらず身分保障や安全確保が必ずしも充分ではなく、そういう立場で求められる業務――たとえば駆除後のクマなどの運搬や解体処理、試料採取までを猟友会に“丸投げ”するような町の提案に、山岸さんたちは大いに疑問を感じるという。

「猟友会としては、お断りの文書を出した時点で終わったものと考えています。役場が最初の段階で善処してくれていたら、こんな結末にはならなかったでしょう」

一方の町は、まだ協議は終わっていないとの認識だ。先述した猟友会からの15項目の提案を受け、まさに対応を検討していたところだったといい、21日に伝わった「辞退」方針は寝耳に水だったようだ。担当課は「近く(15項目への)回答をまとめ、引き続き協議を求めたい」としている。

町の呼びかけに猟友会がどう対応することになるかは未知数だが、背景に行政への小さからぬ不信感があるのは確かだ。舞台となった奈井江町は、かつて行政の求めでクマを駆除したハンターが警察・公安委員会に銃所持許可を取り消される事件(既報)が起きた砂川市に隣接する。命がけで住民の安全を守った駆除の担い手が犯罪者にされてしまう理不尽には、多くの猟友会関係者から疑問の声が上がり、当事者の猟友会砂川支部長・池上治男さん(75)は2020年5月、公安委の処分を不服として国家賠償請求裁判を起こした。その裁判は池上さん側の全面勝訴に終わったが、被告の道公安委がこれに控訴したため現在も審理が継続中。押収された銃は未だに持ち主のもとに戻っておらず、池上さんは現在、丸腰でヒグマなど有害鳥獣問題の現場対応にあたっているところだ。

5年越しとなった裁判は本年6月下旬に札幌高等裁判所で非公開の弁論準備手続きを迎え、さらにその後に設けられる口頭弁論で実質的な審理が終結する見込み。そのころまでに奈井江の駆除隊の問題が解決をみているかどうかは、もとより定かでない。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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