【江差看護学院パワハラ事件】自殺学生遺族の慟哭|北海道の因果関係否定で「頭が真っ白に」

北海道立江差高等看護学院の在学生自殺事案をめぐり、第三者調査で認定されたパワーハラスメントと自殺との因果関係を北海道が否定し始めた問題(既報)で11月下旬、亡くなった学生の遺族が改めて筆者など地元報道の取材に応じ、涙ながらに道への不信感と憤りを語った。

 今春の被害認定で「一つ区切りがついた」と担当課からの謝罪を受け入れた遺族は、わずか半年後の手のひら返しに「また振り出しに戻す気なのか」と失望感をあらわにしている。

■「誠意」のかけらもない鈴木道政

江差看護学院在学中の男子学生(当時22)が自殺したのは。2019年9月。道が設置した第三者調査委員会の調査結果によると、亡くなった学生は複数の教員から少なくとも4件のハラスメントを受け、それらの被害を苦に自ら命を絶った。この報告を受けた道は本年5月、学生の母親(47)らに直接頭を下げて謝罪。鈴木直道知事も会見などで謝意を表明していたが、遺族との賠償交渉にあたった道の顧問弁護士が10月下旬、突如ハラスメントと自殺との因果関係を否定する認識を示し、地元報道や議会などがこれを大きく問題視し始めた。渦中の母親は代理人の植松直弁護士(函館弁護士会)を通じて10月23日に道側の見解を知り、「頭が真っ白になった」という。

「書面でなく電話でそれが伝えられたと聞き、すごく軽く扱われている感じがしました。1週間ぐらい経ってようやく文書が届いたんですが、見ても『第三者調査結果と逆ですよね』としか思えなかった。『パワハラはあったけど、それだけでなく本人の性格や同級生の卒業、祖父の死とかが自殺に影響していた』って……。友達と別れたりおじいちゃんが亡くなったりって、たぶん誰でも経験することですよね。普通それで自殺しますか? 急にそんなこと言い出して、また『なかったこと』にするつもりなのかと」(学生の母親)

経緯を知った地元報道は知事定例記者会見でこれを追及(既報2)、さらに担当部局が設けた会見でも質問が相継いだが(既報3)、道の対応はいずれも遺族が納得できるものではなかった。

「支離滅裂でしたね。法律を持ち出して説明していましたが、言い逃がれとしか思えませんでした。鈴木知事の『誠意をもって対応』という言葉からは誠意なんて感じられません。パワハラで被害者の人生を狂わせた張本人(教員ら)は退職金もらっておしまい。管理する道もすり替えや言い逃がれ。こちらは少しでも学校がよくなって新たな被害が出ないようにと思っているのに、道のほうは『そのうち諦めてくれるだろう』と考えているのが見え見えです。調査報告を受けた時、先生たちからの謝罪について『責任を認める内容の謝罪文であればお受けします』と伝えましたが、その後どの先生からも謝罪の申し出はありません。手紙一枚、電話一本もなくて、5月の謝罪以降最初の連絡が今回の件だったんです」(同)

無論のこと、ハラスメントと自殺との因果関係を前提としない賠償交渉には応じられないと母親は言う。5月の謝罪を受け入れたのは、とりも直さずそれが第三者調査報告を認めた上での謝罪だと受け止めたからだ。

「こんなことになるとはまったく思っていなかった。謝罪の場にメディアの皆さんが同席するのを受け入れたのは、きっと遺族取材を考えている記者さんが複数いるだろうから、個別にお受けするよりはああいう場で皆さんに対応するほうが現実的だろうという考えもあったんです。でも今になって思うと、それは道の『カメラの前で頭下げましたよ』っていうパフォーマンスに利用されただけなんじゃないかって。因果関係を認めないってわかっていたら、謝罪は受けませんでした。今後、道がどう対応してくるのかはわかりませんが、そこを認めない限りは絶対に受け入れられません。今回、こちらの賠償請求を大幅に下回る金額が提示されましたが、問題は金額じゃないんです。パワハラを認めないなら『何の謝罪だったの?』って。私だけでなく、調査に協力してくれた息子の同級生たちや第三者委員の皆さんに対しても失礼なことですよ」(同)

不意の悲劇から4年あまり、意を決しての調査申し入れからは2年が過ぎる。今春の「一区切り」でようやく少し息をつけると思っていたが――、

「やっぱり『なかったこと』にはされたくない。ほかの被害者さんのように本人が生きていたとすれば、私もどこかで妥協していたかもしれません。息子自身も争いごとが嫌いで、今ごろきっと『もういいよ』と言っているはずです。でも今ここで私が諦めたら、何も変わらなくなる。本当に『なかったこと』になる。人が1人亡くなっている事実を、道にはもっと重く考えて欲しい。息子が死んでしまった、取り返しがつかないことになってしまったからこそ、私は諦めるわけにいかないんです」(同)

長女の独立を機にこの春、少し小さな部屋へ転居した。引っ越しの作業には、亡くなった長男の友人たちが力を貸してくれた。新たな住まいに設けられた祭壇には、今も故人の遺骨が眠る。

「パワハラが認められたのを機に、そろそろ納骨を考えたほうがいいかなあと思っていたんです。離れるのは寂しいけど、賠償交渉が無事に終わったらきちんと考えなきゃって。でもこんなことになって、またそばに置いておきたくなってしまって……」(同)

今回あきらかになった道の見解については、遺族代理人の植松弁護士が11月初旬に書面で疑義を呈したところだが、これに対する道からの回答は25日時点で届いていない。失意の母親は今月末にも改めて同弁護士と相談し、今後の対応を検討していくとしている。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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