和歌山爆発事件後、ヤジ排除映画公開|勝訴判決「覆すの無理」と一審原告

選挙応援で和歌山県を訪ねた岸田文雄総理大臣の演説現場で爆発事件が起きた15日、北海道・札幌では地元民放局が制作した首相演説ヤジ排除事件のドキュメンタリー映画「劇場版 ヤジと民主主義」(監督・山﨑裕侍、長沢祐)が封切られた。

上映中に事件の影響によるトラブルなどはとくに発生せず、週明けの17日には排除被害者として地元警察を訴えた国家賠償請求訴訟の原告らが舞台あいさつに立った(*下の写真)。

一審で原告側が実質全面勝訴した裁判は警察の控訴によりその後も審理が続くことになったが、同控訴審も本年3月に終結。6月下旬には二審判決を迎えることになっている。舞台あいさつでこれに触れた一審原告らは「(もとの判決を)覆すのは無理ではないか」と語り、今回の爆発事件が裁判の結果を左右するおそれなどは抱いていないようだった。

◇   ◇   ◇

2019年7月に札幌で起きた、首相演説ヤジ排除事件。前々回の参議院議員選挙で与党系候補の応援演説に訪れていた安倍晋三総理大臣(当時)に「やめろ」などとヤジを飛ばした市民らが警察に“排除”された出来事だ。

事件をめぐっては、先述の国賠訴訟の一審判決で北海道警察による表現の自由侵害が指摘され、一連の排除行為の違法性が認められている(昨年3月、札幌地裁)。だがその年の7月、安倍氏が奈良県で選挙演説中に射殺される事件が起きたことで、SNSなどでは一時期、要人警護を理由に表現の自由制限を肯定するような言説が飛び交った。

札幌の一審判決も匿名投稿者たちの批判の的となり、あたかも同判決が原因で奈良の警備が手薄になったなどの憶測が語られることに。国賠代理人らはこうした声に「警備の不手際の原因をヤジ判決に求めることは責任転嫁というほかない」と反論、「ヤジ排除は『違法な職務執行を行なった事案』だが、奈良県警の警備は『適法な職務執行を怠った事案』だ」と指摘していた(本サイト昨年7月14日既報)。

今回の和歌山の事件についても、演説現場で爆発が起きたことを表現の自由に結びつけて論じるのはいかにも無理がある。実際、冒頭に述べたように札幌で開かれたドキュメンタリー映画の公開にも大きな影響はなく、計3回設けられた上映会はすべて満席となった。

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映画『劇場版 ヤジと民主主義』を制作したのは、地元民放・北海道放送( HBC )でヤジ排除問題を追い続ける担当記者ら。ドキュメンタリー番組としてはすでに複数回、地上波で放映して大きな反響を得ているが、表現の自由という普遍的な問題を扱っている内容に鑑み、改めて映画版に編集し直して広く地元市民らに評価を請うた。

排除事件発生から国賠控訴審終結までの経緯をまとめるのみならず、明治期の「弁士中止」や戦中の治安維持法下で起きた「生活図画事件」など過去の言論弾圧事件なども振り返り、表現の自由について考えさせられる労作。とりわけ長く盛り込まれた元道警幹部・原田宏二さん(故人)のインタビューは、警察による自由の制限の既成事実化に警鐘を鳴らす遺言ともいえる内容で、多くのテレビカメラの前でヤジ排除事件が起きた事実に「あなたたちは(警察に)無視された」と喝破する言葉で映画が締め括られている。

17日には上映館のシアターキノ(札幌市中央区)で舞台あいさつがあり、共同監督の2人が次のように話した。

「6月の札幌高裁判決は、道警もかなり気にしているんじゃないでしょうか。それは判決の内容もさることながら、それと同じぐらい、世間の皆さんの関心が集まっていることを気にしているんじゃなかと感じます」(長沢祐監督)

「こういうものを作ると、ぼくらは警察のことが嫌いなんだと思われるかもしれませんけど、実は警察が大好きなんです。だからこそしっかりしてもらわなくてはいけないと思っている。警察の中にも、ぼくらの報道に理解を示してくれる方もたくさんいます」(山﨑裕侍監督)

同日は国賠一審原告の大杉雅栄さん(35)と桃井希生さん(27)も駈けつけ、長く続く裁判についてそれぞれこう語っている。

「控訴審で証拠として出てきたのが、ぼくは『コント動画』って呼んでるんですが、あの道警によるシミュレーション動画だった( 既報 )。そんなもので覆すのは無理でしょうっていうのが、ぼくたちの感触ですね。もちろん、控訴審判決がどうなるかっていうのは結果が出るまでまったくわかりませんが、基本的に大きく覆ることはないという見立てをしています」(大杉さん)

「(当初は裁判を考えていなかったが)『これおかしいから裁判しよう』って言ってくれる弁護士の方がいて、ああそうか、たしかに法的におかしいことがあったら裁判できるんだ、って。道警は全然説明もしてないし、そこを話させることができるかなと思いました。やっぱり、おかしいことがあった時には『おかしい』って言っていいし、その権利はちゃんと保護されるっていうことが一番かなあと思います」(桃井さん)

映画は現在、TBSドキュメンタリー映画祭の特設サイトから有料視聴可能だが(4月24日まで)、その後の劇場公開などは現時点で未定。予告編は You Tube で公開中(コチラ⇒ )。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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